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多摩から日本の絵画を発信し続けた画家「佐藤多持」展https://www.tamashinmuseum.org/post/satotamotsu2024

印象派を代表する画家モネが生涯をかけて睡蓮を描いたように、水芭蕉をモチーフに「日本の絵画」を半世紀かけて追い求めた画家が多摩にいた。

「墨を使った抽象画」という独自の表現スタイルを築き、代表作「水芭蕉曼陀羅」を描いた佐藤多持(さとうたもつ)。

没後20年を機に、大規模な回顧展が立川にあるたましん美術館で、12月22日まで開催されている。
展覧会では、新しく収蔵された代表作を含む多くの作品を、前後期に分けて展示している。

展覧会を担当した、たましん美術館学芸員の藤森梨衣さんに話を聞いた。

2024/09/28 (土) 2024/12/22 (日)
開催場所

たましん美術館

2024.12.02

国分寺市出身の画家
佐藤多持は、国分寺の真言宗豊山派の観音寺に生を受けた。
寺には今も佐藤多持が描いた大きな襖絵が残る。

幼少より武蔵野の自然と仏教美術に親しみ、日本画を学んでいた母から表現の手ほどきを受ける。
その後、画家を志して東京美術学校(現・東京藝術大学)に進学して日本画を学ぶ。
しかし太平洋戦争の戦況悪化にともない、繰り上げ卒業して兵役につくも、演習中の怪我をきっかけに除隊。
実家に戻り、立川の昭和第一工業高校(現・昭和第一学園高等学校)で職に就いた。
その時代に描いた色紙「戦時下の絵日誌」が今回の展覧会で展示されている。

戦時下の多摩地域をリアルに物語る絵日誌
会場に入るとすぐに、墨と絵具で描かれた色紙が壁一面に並ぶ。
佐藤多持は、若き日に過ごした学校生活や日常を、昭和18年から昭和24年までの間に146点の絵日記に描いた。
展覧会では、そのうち前後期合わせて69点の絵日記が展示されている。

色紙「戦時下の絵日誌」は、戦中戦後の立川・国分寺周辺の貴重な記録でもある。
戦時下といっても、絵日記を描き出した最初の頃は、立川の学校の行事や草花など和やかな風景が続く。
やがて軍事訓練や墜落した米軍の爆撃機など、段々と厳しくなる戦争の状況が描かれるようになる。
展示室の奥には、空襲で赤く燃え盛る東京の姿を描いた絵があり、身につまされた。
そして終戦を告げる玉音放送を聞く人々、戦後の混乱期に御徒町駅で寝泊まりする子供の姿。
展覧会では、絵日記を通して佐藤多持の追体験をするように、日本の厳しい時代をリアルに感じられる。

佐藤多持について長く研究している藤森さんは、「画家としての作品制作がままならない状況の中、絵日記で彼らしい制作を続けていた」と語る。

水芭蕉との出会いで開花した日本の絵画
厳しい現実を描いた小さな絵日記の展示から左に振り返ると、一転して大きく抽象的な世界が目の前に広がる。
画家としての佐藤多持の代表作「水芭蕉曼陀羅」のシリーズだ。
会場の中心に置かれた、幅5メートルを超える大きな屏風絵はとても迫力がある。

くっきりした墨の線で描かれているのは、水芭蕉を抽象的に捉えた形。
やわらかで簡潔な円弧と、深い墨色の面で構成された大きな屏風絵は、星や銀河が浮かぶ宇宙のようにも見える。

佐藤多持は、1949年に訪れた尾瀬で出会った水芭蕉の美しさに感動し、絵であわわそうと筆をとる。
のちに「水芭蕉曼陀羅」と名付けられた代表的連作の制作は50年におよび、85歳で亡くなるまで絶え間なく創作を続けた。

「墨で表現した抽象画は珍しく、独自性がある。広く評価されても良い画家だ」と藤森さん。
確かに美しい自然をシンプルにかつ神秘的にあらわした作風は、日本人の好みに合いそうで、知られればもっと人気が出るかもしれない。

「屏風絵の前にあるベンチに座って、描かれた形をじっくり観て欲しい。横に無限に広がるリズム感を感じられるでしょう」
と藤森さんがおすすめの鑑賞法を教えてくれた。

多摩の文化育成に多大な貢献
会場の一番奥に進むと、自然豊かな多摩の風景を、墨や油彩で描いた絵が並ぶ。
奥多摩渓流や、多摩川をはさんだ日野の景色、昔の街の建物などを、親しみやすいタッチで描いた作品は、地元への愛情が感じられてほっとする。

佐藤多持は、自身の作品制作だけでなく、地元の他の画家への指導や交流を行い、またギャラリーの運営に携わるなど、地域に根差した活動をおこなっていた。
藤森さんによると、佐藤多持に影響を受けた画家も多く、多摩地域の文化育成に大きな痕跡を残したとのことだ。

たましん美術館の学芸員に着任してすぐに、佐藤多持の研究担当を志願した藤森さん。
5年前の生誕100年記念の展覧会に続き、今回の展覧会も担当した。

「非常に多作だった佐藤多持の作品はまだ発見されていないものもあり、学芸員として調べがいがある。研究を続けて、多摩にゆかりの画家の功績を永く後世に残したい」と語った。

いつかまた開かれるかもしれない、佐藤多持の次の展覧会がいまから楽しみだ。

■「没後20年佐藤多持展~心と線の宇宙~」
会期:前期展:9月28日(土)~11月4日(月・休)
   後期展:11月16日(土)~12月22日(日)
会場:たましん美術館
HP:https://www.tamashinmuseum.org/post/satotamotsu2024

記事中の写真は前期のものもあり、後期には展示されていない作品があります。

(取材ライター:いけさん)