
TACHIKAWA
BILLBOAD
たましんRISURUホール
声とピアノだけで、舞台が見えた
出演したのは、オペラ界の第一線で活躍する実力派たち。
ソプラノの宮地江奈氏、盛田麻央氏、テノールの与儀巧氏、バリトンの黒田博氏、そしてピアニストであり音楽監督も務める河原忠之氏の5人。
舞台装置も照明効果もなく、ピアノ一台だけという極めてシンプルな編成でありながら、そこには確かに“舞台”があった。
プッチーニ『ラ・ボエーム』のラスト、別れを告げる四重唱《さようなら、甘い目覚めよ》では、切なさと希望が同居するあの名場面が、目の前に浮かび上がったかのようだった。
観客一人ひとりの心の中に、それぞれのパリの風景が立ち上がり、音楽だけが演出となって心を揺さぶっていく。
派手な装飾がない分、歌手たちの表現力とピアノの描写力が際立った。
細やかな声の表情、台詞のようなレガート、抑揚、沈黙の間合いまでもが、すべて情景の一部となって物語を紡ぐ。
その緻密な芸に、ただただ脱帽するしかなかった。
音楽と歴史が出会う知的な時間
今回のコンサートのもう一つの魅力は、「オペラ×歴史」という視点だった。
たとえば19世紀イタリアではヴェルディやドニゼッティが国家統一の波に乗って創作を続けており、その作品には時代の空気が色濃く反映されている。
一方その同時期、日本では天保の改革、大飢饉、黒船来航、幕末と激動の時代を迎えていた。
こうした比較を踏まえた演目解説は、ただ音楽を楽しむだけでなく、作品の背景にある“歴史の息吹”を感じさせてくれた。
音楽は記憶を運ぶ船だ——
そう実感させられる、知的好奇心も満たされる時間となった。
拍手の先にある、ことばの文化
オペラといえば「ブラボー!」の掛け声。
だがその裏には、実は細やかなルールがある。
「ブラーヴォ」は男性ソリストへ、「ブラーヴァ」は女性、「ブラーヴィ」は男女混合・男性複数、「ブラーヴェ」は女性複数……。
こうした掛け声の使い分けや発音の違いも、MCを務めた黒田博氏によって軽妙に紹介され、観客は笑いながら文化を学び、次の拍手への準備が整っていく。
左から 河原 忠之氏(ピアノ)、宮地 江奈氏(ソプラノ)、盛田 麻央氏(ソプラノ)、与儀 巧氏(テノール)、黒田 博氏(バリトン)
地域を一つにした“芸術の力”
終演後、会場からは「素晴らしい演奏で心が洗われた」「地域のひとたちと音楽を共に楽しめて嬉しい」といった感想が相次いだ。
出演者と観客の間には、たしかに“何か”が生まれていた。
音楽は人を結び、記憶を共有し、地域に小さな灯をともす。
このコンサートは、単なる演奏会にとどまらず、立川という街と、そこに住む人々の“文化の土壌”を豊かに耕す時間となった。
プログラム(演奏順)
1. ジョアキーノ・ロッシーニ《セヴィリアの理髪師》より「俺は町のなんでも屋」
歌:黒田 博(バリトン)
2. W.A.モーツァルト《フィガロの結婚》より
“手紙の二重唱”「優しいそよ風が」
歌:盛田 麻央(ソプラノ)、宮地 江奈(ソプラノ)
3. ガエターノ・ドニゼッティ《愛の妙薬》より「人知れぬ涙」
歌:与儀 巧(テノール)
4. シャルル・グノー《ロメオとジュリエット》より「私は夢に生きたいの」
歌:盛田 麻央(ソプラノ)
5. ジュゼッペ・ヴェルディ《椿姫》より「そは彼の人か〜花から花へ」
歌:宮地 江奈(ソプラノ)
6. ヴェルディ《ドン・カルロ》より
「あれは王子だ」~「友情の二重唱」《我らの心に愛と希望を呼び覚ます神よ》
歌:与儀 巧(テノール)、黒田 博(バリトン)
7. ジャコモ・プッチーニ《ジャンニ・スキッキ》より「私のお父さん」
歌:盛田 麻央(ソプラノ)
8. ヴェルディ《マクベス》より「ああ、父の手は」
歌:与儀 巧(テノール)
9. ヴェルディ《リゴレット》より「お父様…」
歌:宮地 江奈(ソプラノ)、黒田 博(バリトン)
10. プッチーニ《マノン・レスコー》より「間奏曲」
演奏:河原 忠之(ピアノ)
11. プッチーニ《ラ・ボエーム》より
「私が街を歩けば」
歌:宮地 江奈(ソプラノ)
12. プッチーニ《ラ・ボエーム》より
「さようなら、あなたの愛に叫ぶ声に」〜 四重唱「さようなら、甘い目覚めよ」
歌:全員
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■華麗なるオペラ・コンサート
日時:2025年3月30日(日) 14:00開演
会場:たましんRISURUホール(立川市市民会館) 大ホール
出演:宮地江奈(ソプラノ)、盛田麻央(ソプラノ)、与儀巧(テノール)、黒田博(バリトン・進行)、河原忠之(ピアノ)
チケット:一般2,000円、高校生以下1,000円(全席指定)
主催:公益財団法人 立川市地域文化振興財団
詳細:公式HPおよび立川市地域文化振興財団にて
(取材・文:西野早苗)