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日本SF漫画の元祖「タンク・タンクロー展」で知る阪本牙城の画業https://www.tamashinmuseum.org/post/tanktankuro

手塚治虫の「鉄腕アトム」より昔の1934年に誕生し、子どもたちから絶大な人気を集めたロボット漫画があった。

たましん美術館で開催中の「生誕130年 阪本牙城 タンク・タンクロー展」は、作者、阪本牙城(本名・雅城)の創作活動を紹介する美術館での初の本格的な展覧会だ。

本展の見どころについて、同館の学芸員・相澤美貴さんに話を聞いた。

2025/07/19 (土) 2025/09/28 (日)
開催場所

たましん美術館

2025.08.07

過去からつながる展覧会
本展の企画の出発点は2024年春、たましん歴史・美術館で開催された「日本漫画会 最近三十年史図絵展」。
「最近三十年史図絵」は、1927年に27名の漫画家によって、近代史を軽妙な風刺漫画で描かれたもの。
27人の中に多摩ゆかりの作家が5人含まれ、そのひとりが阪本牙城だった。
「阪本牙城が『日本SF漫画の元祖』と呼ばれた大ヒット漫画 『タンク・タンクロー』の作者だと分かり、前任の学芸員の発案で、単独の展覧会を企画することになった」と語る相澤さん。
調べるうちに、想像以上に作品数が多く、漫画だけでなく水墨画の分野でも広範な活動をしていたことがわかった。
展覧会では、時代の流れに沿って章立てし、人生の歩みにふれる内容となっている。

「タンク・タンクロー」に見る漫画の先駆性
阪本牙城は1895年、現在の東京都あきる野市に生まれた。
教職についたのち、新聞社に入り「漫画記者」として活動するようになる。
1934年に発表した「タンク・タンクロー」が人気を集め、漫画家としての地位を確立した。
胴体が鉄球で、8つの窓から武器や翼を出して自由に動き回るタンクローは、戦前の子どもたちにスーパーヒーローとして親しまれた。
今でいうSF的な設定を持ち、日本SF漫画の源流ともいわれる作品だ。
最初に掲載された頃は、1枚の絵に五七調の文章を添えた絵本のような形式だった。
やがて吹き出しや擬音など、現在の漫画につながる表現を取り入れ、タンクローや敵役のキャラクターたちが、紙面を縦横無尽に駆け回るようになる。
「牙城は写実的な表現技術を持ちながら、漫画では意図的に線を簡略化し、デフォルメを研究していたのではないか」と相澤さん。
展示を観ると、表現の変化がよく分かり、漫画史の視点からも貴重な内容だ。

貴重な単行本と原画が多数展示
展覧会では牙城が手掛けた漫画の、当時の単行本が30冊ほど展示されている。
「タンク・タンクロー」の表紙のタイトル文字やレイアウトは、今見ても斬新でポップだ。
保存状態も、90年も昔のものとは思えないほど良い。
「昔の印刷物は、強い光が当たると退色しやすいため、会場の照明を全体的に抑えている」とのこと。
会場には、単行本だけでなく、「タンク・タンクロー」の貴重な原画も多数展示。
手書きの原稿に着色され、吹き出しには写植文字が切り貼りされている。
「書き損じて修正した跡が少なく、迷いのない筆づかいから、作画技術の高さが伝わってくる」と相澤さんは原画を見つめる。
「どのキャラクターも目が黒く丸い点で描かれており、牧歌的な雰囲気があるのが個人的に好きです」と教えてくれた。

時代の変化と作家の思い
1939年、牙城は満洲に渡り、旧満洲開拓総局の広報担当として、兵士や市民の暮らしを絵や文章で描いた。
会場には、満洲の広大な風景の中に立つ兵士を描いた水墨画や、現地での生活を伝える新聞の記事が展示されている。
記事では、兵士たちが三段ベッドで休んだり、共同風呂に入ったり、魚釣りをしたりしている姿が、生き生きとした線で描かれている。
どの人物もなんだかほのぼのとしており楽しそうだ。
「戦地では大変なこともあったはずだが、あえてユーモラスに描いたのかもしれない」と相澤さんは語る。

終戦後は、大変な苦難を乗り越えて日本に帰国。
長い旅の途中、心の支えとなったのが、ずっと持っていた禅に関する書物だった。
帰国後、「タンク・タンクロー」の連載を再開し、数年は漫画家として生活していた。
しかしある時から漫画から離れ、禅の精神を表した水墨画の世界へと重心を移していく。

こころ落ち着く、禅の思想と水墨表現
展示の後半では、富士山、草花、鳥や鯰など、自然を題材にした水墨画が並ぶ。
描き方は、漫画のはっきりした表現とは違い、墨のにじみや線の揺れが目立つ。
「あえて形を明確にせず、点の集積で構成するように描かれている」と相澤さん。
「中国の牧谿の画風や、西洋のロダン、レンブラントなどの作品を研究していた」という。
無心に描かれた自然の描写は、観ているだけで心が洗われるようだ。
「大手百貨店で個展が何度も開催された」という人気もよく分かる。
生涯描いた水墨画は、現在確認されているだけで800点以上。
多摩地域の寺院にも所蔵されており、地元との関わりの深さも感じさせる。

夏の美術館で楽しめるアートの魅力
展覧会では、阪本牙城の多彩な画業を俯瞰することができる。
漫画と水墨画という一見して異なる表現を通して感じられるのは、いのちを慈しむ思いだ。
「タンク・タンクロー」の最終話で主人公が宿敵にかける「いのちをムダにするな」という言葉にもそれが感じられる。

会場を出ると、ミュージアムショップで、タンクローのトートバッグやクリアファイルなどのグッズが販売されている。
「タンクローが大きく描かれたトートバックが特に人気」という。
館内入口にはタンクローの大きなパネルが設置され、記念撮影を楽しめる。
「夏休み中ですので、ご家族での来館にもおすすめです。涼しい美術館で、阪本牙城の多彩な魅力に触れてもらえたら」と相澤さん。
会期中には学芸員によるギャラリートークや、タンクローの版画を作るワークショップも開催予定。
多摩にゆかりの深い、知られざる人気作家について学ぶ、良い機会になるだろう。

■生誕130年 阪本牙城 タンク・タンクロー展
会期:2025年7月19日(土)~9月28日(日)
会場:たましん美術館
主催:公益財団法人たましん地域文化財団
HP:https://www.tamashinmuseum.org

(取材ライター:いけさん)