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記憶の地図「TACHIKAWA BOX」〜ファーレ立川〜https://www.faretclub1997.net/

JR立川駅の北側には、「ファーレ立川」という数多くのパブリックアートが点在する街がある。
すぐそこまで台風が来ていた9月8日、「ぴかぴかアートプログラム」と題した作品清掃のイベントが敢行された。

晴れたり曇ったり、時にパラつく雨もあり、常に空模様を気遣いながらも清掃作業は午前中に無事完了した。

2019.09.27

午後からは室内で恒例のワークショップが行われた。
毎回この街の作品を手掛けたアーティストを招いて行われる、清掃後のお楽しみプログラムだ。

今回の講師はパレスホテル近に設置されている作品「TACHIKAWA BOX」を作った山口啓介さん。
ファーレ立川の作品に込められた想いと、この日ワークショップで制作する「カセットプラント」のレクチャーから始まった。

 

立川の記憶を封じ込めた「TACHIKAWA BOX」
山口さんは街の案内ボードが設置される予定だった場所を譲り受けて、三層構造の〝 立川の記憶の地図 〟を作った。
一番手前の層には街がオープンした1994年当時の地図(現在もほぼ同じ)、その奥の二層目には1989年当時、米軍から返還された後の地図が配置されている。
真正面から見ると、今と昔の街並みがぴったり重なる。
さらにその奥、3層目のボードはもっと昔の立川、まだ草原だった頃で建物や道路の地図はない。

三層の地図のところどころには、丸い樹脂の中に花や葉や種などが固められた標本が配置されている。
昔からこの土地に生えていたと思われる種類の植物を選んで作ったものだそうだ。

25年の歳月を経て、その多くは黄変しているが、中には真っ白なものもある。
これは意図的なものではなく自然にそうなったようで、「固めた樹脂の種類による違いか、位置による光の当たり方の違いによるものではないか」と山口さんは言う。

黄色く変色した樹脂を見て、彼は〝 琥珀(こはく)〟を連想した。
琥珀は大昔の地層の中で、当時生息していた昆虫や植物が天然樹脂によって封じ込められた化石だ。
カセットテープは、音がその時の記憶を封じ込めているものだから、そのケースに植物を入れたら〝 記憶を封じ込めた作品 〟になると思ったという。

これまでにも各地で行われてきたカセットプラントのアイデアは、「立川の作品に入れる植物の標本を作る作業から始まっていたと思える」彼にとって、今回のワークショップには〝 里帰り 〟のような気持ちがあるそうだ。

 カセットプラントを作ろう!
カセットプラント自体は簡単に作れるように準備されているので、誰でも数秒で作れる。
たくさん作って窓ガラスに並べて貼っていくと、外からの光が透けてステンドグラスのようになる。
隣り合った作品同士の色の組み合わせ方や、中身の形の組み合わせ方などを考えるときれいに仕上がる、と山口さんは実演しながら丁寧に説明をしていく。

いよいよ参加者がカセットプラントを作リ始めた。
材料のドライフラワーの山にたくさんの手が伸びて、次々に透明なケースに詰められていく。
黄褐色の樹脂が予め封入され固められているので、琥珀の中の世界ができる。

 

できあがったものを並べたり積み上げたりして、色や形のバランスを考えている人、うっとりと眺めている人。

 

できたものから窓に貼っていく。
どんなふうに並べたらきれいだろうかと、頭で考えるのは大人たち。
子どもたちは、直感で選んで素早く貼っていく。

 

やがて、戸外の光を美しく通すカセットケースのステンドグラスが完成した。
鮮やかな花の色や葉の色と、それらが樹脂と重なって生まれた渋い色が並び、一瞬で時を経たかのように見える。

 

「TACHIKAWA BOX」の元の姿 
ファーレ立川がオープンする直前の1994年5月、「TACHIKAWA BOX」はインスタレーション作品の一部として、東京と大阪で開催された個展〝 Calder Hall Ship Project 〟で発表された。

それ以前のアメリカ滞在時に、唯一の被爆国である日本人としての表現をしたいという思いに至ったことがきっかけで作った作品だという。
銅版画の作家である彼は、作業工程で使う銅板と腐食液によって発生した気体と水溶液の拡散を放射能の汚染に見立てた。


水槽に見立てたガラスケース内に収められた「 TACHIKAWA BOX 」の地図

 

会期終了後に切り離されて立川に設置されてからは、〝排気ガス〟と〝酸性雨〟にさらされている現代都市を表し、昔から今までのいくつかのレイヤー(層)を持つ、作家いわく「都市の記憶の雛形」となった。

移動のために切り離されたチューブの一部は、現在も作品につながった状態で見ることができる。
外からは見えないが、当時作品の底の部分だった穴の奥には、当時の会期中に記された腐食と酸化のプロセスの跡も残っているという。
かつて草原だった頃の立川のように、都市が健全な環境を取り戻せることを願って作られたように思える。

この地図には、その先の構想もあったのだと山口さんは言う。
「一番上の地図に全作品の位置も記していったらアートマップとして活用できると思っていました。他にも地図と実地との呼応を示すものを考えていましたが、結局実現しませんでした」。

 

変化を楽しむ 
作者の山口啓介さんには申し訳ない気持ちになるのだが、「TACHIKAWA BOX」をアート作品だと認識している人は、少ない。
ほとんどの通行人は、ごく普通の街の案内図だと思っている。

通りかかった時には、ぜひ、ガラスケースに収められた三層の地図を隅々までじっくりと観察していただきたい。
過去から現在までの記憶の数々と共に、未来への願いも詰まっている「BOX」なのだ。
夜になると光が入り、一段とその美しさが増す。

紫外線や風雨にさらされ続けるパブリックアートには、屋内展示の作品とは比較にならないほどの経年変化が起こるが、それは必ずしも「劣化」とイコールではない。
お気に入りの革のカバンを、風合いの変化も楽しみつつ長年愛用するのと同じ感覚で、街のアートも手入れをしながら長く楽しめる。

 

ー 取材後記 ー
「ぴかぴかアートプログラム」では、米軍基地となる前の立川を知っている80歳代の人から3歳の子どもまでが参加して、一緒に手を動かしていた。
最年長の参加者は終始笑顔で子どもたちを見守り、幼い子どもの親たちは「幅広い世代の人と接することができるのもこのイベントの魅力だ」と言う。

未来の街は、これまでの記憶を土台として作られる。
人にとって、環境にとって、良いことも悪いことも全てが土台となり、その上で継続されていくことと断たれていくことが分けられていく。
街の歴史や記憶が、様々な形で次の世代へ引き継がれていくことの大切さを感じたイベントだった。

 < お知らせ >
山口啓介さんの公開制作「メタモルフォセス」開催中! at 府中市美術館

府中市美術館にて、12月1日まで山口啓介さんの公開制作「メタモルフォセス」を開催中です!
前半の公開制作は7月に終了し、次に制作を観覧できるのは11月になりますが、それ以外の期間中も制作室や展示品を観覧することができます。
なお、11月には今回のような「カセットプラント」のワークショップやアーティストトークも行われます。
詳しくは、こちらをご覧ください。
https://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/kokai/kokaiitiran/yamaguchikeisuke.html

<参考URL>
* ファーレ倶楽部 :https://www.faretclub1997.net/ E-mail : faretclub@gmail.com
* ファーレ立川アート:http://www.tachikawa-chiikibunka.or.jp/faretart/