
TACHIKAWA
BILLBOAD
芸術家であった父のアトリエをギャラリー茶房に
「ギャラリー茶房 頑亭文庫」は、關さんの父であり、谷保に生まれ国立に居を構えた彫刻家の故・關 頑亭(せき がんてい)さんのアトリエを改装して誕生した。
アトリエをどのような形で残していくかを検討する中で、複数の要素を融合させた空間にするというアイデアが生まれた。
「頑亭さんや交流のあった文化人の作品・資料」「頑亭さんが好きだった国立の街並みとアトリエの空間」、「カフェとしてのおもてなしの雰囲気づくり」。これらをどう調和させるかを総合的に設計し、約1年半の準備期間を経て2023年6月にオープンした。
一般的な飲食店とは異なり、ここではカフェとしての癒やしを提供するだけでなく、頑亭さんや昭和の時代に多摩で活躍された方々の作品や資料に触れることで、訪れた人が豊かな時間を体験・共有できる空間となっている。
アトリエが生まれ変わった特別な空間とは
建物に足を踏み入れてまず目を引くのは、天井の高い開放的な空間と、包み込まれるような木材のやさしい自然の香りだ。
「この建物は、父が彫刻制作のためのアトリエとして計画し、工務店の方に無理を言って建ててもらったものです。
完成したのは今から45年前。一番大きな作品は、丈六(約2.4メートル)の脱活乾漆弘法大師座像でした。
入口が大きいのも、その作品を運び出すためであり、天井が高く廻り廊下のような部分は、上部からもしっかり自分の感性に合致しているか確認するためでした」と、關さんは語る。
カフェへの改装にあたっては、厨房とトイレの増設を除き、アトリエ当時の姿をほぼそのまま残している。長年使い込まれた木の床に残る黒い染みは、弘法大師像などの作品を制作した際に使われた漆の跡であり、空間の一部として自然に溶け込んでいる。
この空間には、さまざまな作品や資料が展示されているのも特徴だ。交流のあった作家・山口瞳氏の原稿、聖跡桜ケ丘に登り窯を構えていた辻清明氏や備前焼の人間国宝・中村六郎氏の焼き物、京都の竹中浩氏による白磁、東京芸大の浅野陽氏による陶芸品など、昭和を代表する文化人たちの作品が並ぶ。
これらの展示は、頑亭さんが大切にしていた「本物しか駄目だよ」という教えに基づき、年に2回ほど入れ替えが行われている。
見て触れてアートを思い思いに味わえる場
昭和の時代に多摩に花開いた文化を五感で堪能できるギャラリー茶房「頑亭文庫」。
アートに馴染みがない人にとっては、やや敷居が高く感じられるかもしれないが、關さんはこう話す。
「せっかく来ていただくのだから、自由人だった頑亭先生に倣って皆様には自由に過ごしていただきたいと思っています」。
展示作品は、大切にしまい込むものではなく、訪れる人々と共有するためにここにある。
「作品は、作者の手を離れた瞬間から鑑賞する人のものとなり、それぞれが自分なりに感じ取っていいもの。
芸術に馴染みがない方には、そのきっかけとなる入り口になれば嬉しいですし、年配の方には懐かしさを感じていただけるかもしれません」。
肩肘張らず自分の感性で楽しんでいい。頑亭文庫は、誰もが気軽にアートに触れ、自由に過ごせる場所なのだ。
「来訪者の方々には、本棚の本も文庫内でゆっくり自由にお読みくださいとお伝えしています」。
生前の頑亭さんが自由を愛する人だったように、訪れる人にも、心ゆくまで思い思いの時間を過ごしてほしい。
そんな想いが、この空間には込められている。
地域と共存するおもてなしの味
頑亭文庫では、地域の方々の知恵と感性を取り入れ、ご来訪者の視点で試作を重ねてできた定番の軽食メニューの「ちまき」がある。
このちまきは、一般的な三角形ではなく平たい形に仕上げているのが特徴。
包みを開けたときの見た目の楽しさに加え、火の通りやすさや食べやすさも考慮されている。
さらに、添えられる小鉢やお椀の内容は、季節ごとに旬の野菜や果物を取り入れるなど、細やかな心遣いも嬉しい。
頑亭文庫は地域とのつながりを大切にし、国立をはじめ、各地から厳選された飲み物も提供している。くにぶるの地ビールは国立駅前で親戚が営む酒屋「せきや」から。アイスクリームは、国立の企業が扱う北海道・別海町のミルクを使った「もうもう広場」から取り寄せている。
時には、定番のちまきに代えてラザニアやボロネーゼのスパゲッティといった裏メニューが登場することもあるそうだが、基本的にはメニュー数を増やさず、丁寧な提供を心がけている。
それは、頑亭文庫のスタッフである關さんの奥さんと妹さんが、来店者に心を込めた接客と料理を届けたいという思いからだ。明るい笑顔と丁寧な接客の姿からも、この店のあたたかさが自然と伝わってきた。
時間に追われがちな現代において、頑亭文庫ではそんな日常の慌ただしさを忘れ、真心のこもった料理と共に、ゆったりとした時間を味わうことができる。
二つの顔を持つ亭主の想いと願い
關さんは、「ギャラリー茶房 頑亭文庫」の亭主である一方で、某企業で海外の火力発電所建設プロジェクトマネジメントに携わり、現役時代は成果が重視される厳しい世界で長年キャリアを積んできた人物だ。
現在も、元の企業グループのいろいろなプロジェクトの支援のため、コンサルティングの仕事を続けている。
そんなビジネスの現場とは対照的に、頑亭文庫では、店舗の拡大や成果を追い求めるのではなく、まったく異なる価値観のもとで運営がなされている。
「心の宿るところに自然と人が集まる」。「本物しか駄目だよ」。
關さんは、そんな父・頑亭さんの言葉を大切に受け継いでいる。
つくり手の想いや誠意が込められ、飾らず、真心のこもった場やものには、人が自然と引き寄せられてくる。
きっと、その言葉には、そんな想いが込められているのだろう。
「頑亭先生の人柄や教えを基に、皆様と多摩の文化や芸術を共有しながら、国立の歴史を残していけるような営みを未来へつなげていくこと。
それが、一番の目標です」。
そう語る關さんの言葉からは、この空間に込められた想いと、それを守り育てていこうとする確かな意志が感じられた。
■ギャラリー茶房 頑亭文庫
〒186-0004 東京都国立市中2丁目2番地の1
国立駅南口 富士見通りから国立学園通リ南へ一筋目西入ル 徒歩10分
TEL:042-577-0707
営業時間:11:00~18:00
定休日:月曜日・火曜日
(取材ライター:近藤綾子)