八重幡典子:YaehataNorikoストーリーテラー
夏の暑さも本格化した、ある週末。
立川市内の静かな住宅地に佇む一軒家のカフェで「文様語り」という一人語りが公演された。
主演はストーリーテラーの八重幡典子さん。
「ストーリーテリング愛依の風」や「さざなみ文庫麻の葉読書塾」などを主宰する。
絵本、わらべ歌、昔話、童話、文学を題材に、物語の世界を語ることを通し、人々の心を育て、心を繋ぐ活動を行なっている。
「最初のお客さまは妹たち」 家族への愛が原点
「思えば、私の一番最初のお客さまは妹たちなんです」。
栃木県宇都宮市の里山風景のある地で三姉妹の長女として育った八重幡さん。
仕事が忙しく遅くまで働いていた両親を待つ間、幼い妹達が寂しがらないように毎日わらべ歌を歌い、昔話を語り聞かせてきたという。
ただ昔話を読み語るだけではなく、どうしたら妹達が喜ぶかを常に考えてきた。
妹達の喜びは、八重幡さん自身の喜びとなり、以来その時の気持ちは変わらぬまま、彼女の「語り」のスタイルの中に流れている。
つまり家族への愛が、彼女の語りの原点なのだ。
言葉への執着 「言霊」にして届ける
「言葉に対する執着がものすごくあるんです」と八重幡さんは常々口にする。
彼女の語りを私が初めて体感したのは芥川龍之介「蜘蛛の糸」の一人素語り公演だった。
言葉の一つ一つが響き、体にドスンと入ってくるのだ。
「これが言葉に執着しているという意味なのか」。
あの時の驚きと感覚は忘れられない。
更にそれ以上に彼女の言葉に対する執着を感じたのは、主宰する語り塾に参加した時のことだった。
「語り塾」きっと何か物語を台本として読むのだろうと当たり前のように思いながら参加した私。
確かに題材となる物語は読むのであるが、その前に、言葉を発するための全身基礎と体幹トレーニングを40分程するのである。
たった1回の受講でのウエストサイズが2サイズダウンした気分になる運動量なのだ。
素語り、読み語りをする上でこのトレーニングが非常に重要だと彼女は次のように言っていた。
「実際に表現として出そうとする言葉には言霊というエネルギーがあります。
でも中途半端に出した言葉にはエネルギーはありません。
なぜ言霊というかというと、言葉に私たちのエネルギーを注入するから言霊になっていくのです。
そのエネルギーを注入した語りをするために身体を整え、体力と体幹を作ることは、とっても重要です。
地味なトレーニングですが誰かに伝わるように。特に子供達にしっかり言葉を伝えるためには欠かすことができません」。
日本の未来を担う子供達へ 全身全霊でぶつかっていく
学校訪問や図書館、書店訪問、乳幼児への読み語り。
また幼稚園や保育園の教員研修など子供達が関わる現場での公演活動に特に力を注ぐ八重幡さん。
「子供達にこそ、語り手は人生を賭けるくらいのエネルギーを持って言葉(言霊)を伝えてほしい」と言う。
「どんなに幼い子で、まだ言葉が喋れなかったとしても子供達は大人の本気を感じ取るもの。
だから物語にのせて、私は思いや思想や感情をめいっぱい伝えます。
例えば絵本を読み聞かせる場合、通常ならそれを『朗読』というでしょう。
しかし私はあえて『読み語り』と言います。
絵本を美しく朗らかに読み聞かせることよりも絵本を通して、思いを届けるために全身全霊で子供達の魂にぶつかっていく。
『読み語り』という表現こそストーリーテラー八重幡典子にしっくりくるのです」。
祈りを込めて語り放つ「文様語り」
物語を「語り」というスタイルを通して心を育て、繋げる活動を続ける八重幡さん。
子供好きということもあり、つい子供達へ情熱を伝える活動に目が行きがちだが、この夏は大人を対象に「日本文学を愉しむ大人たちの時間『文様語り』」と題した、素語りの公演を立川市内の静かなカフェで開催した。
「大人向けに日本文学をテーマにする」というコンセプトは、八重幡さんとカフェオーナー双方の要望から生まれた。
子供達に向かうエネルギー溢れる彼女とはまた一味違う、しっとりと、そして骨のあるストーリーテラー八重幡典子にフォーカスしていく趣向なのだ。
「文様語り」というタイトルには、八重幡さん自らがレパートリーにしている様々なジャンルの作品への深い愛と敬意が込められている。
彼女は言う。
「私が演目に選ぶ物語は、地域性もジャンルも色々なものがあり幅広いです。
どれが好きとは言い難く、どれも愛おしいのです。
物語はそれぞれ作者の人生、思想、感情が深く深く重なり合い生まれます。
私にとってそれらは、まるで美しい文様のように感じるのです。
だから美しい文様を組み合わせ、私というフィルターを通すことで、さらに深い輝きが増すように。
祈りを込めて語り放つことをこれからも続けたいのです」。
八重幡さんの「語り」が広がる
エネルギー溢れる八重幡さん。
その活動は更に広がりを見せている。
語りとクラシック音楽のステージコンサートをはじめ、2022年からは八王子車人形西川古柳座五代目、西川柳玉氏とのコラボユニットを組み、伝統芸能継承にも力を注いでいる。
「語り」を軸に自由に飛び回る彼女の今後の活動から目が離せない。
(取材ライター:辻本喜代美)