
TACHIKAWA
BILLBOAD
たましん美術館
国文学研究資料館の貴重な所蔵品が初めてまとまって館外で披露される。立川駅から徒歩約6分のたましん美術館で、その歴史と魅力に触れる絶好の機会だ
「たましん美術館×国文学研究資料館」 初の共同企画展示
たましん美術館と国文学研究資料館による初の共催展は、「源氏物語」をテーマに、屏風や絵巻、版本など貴重なコレクションを3部構成で紹介している。
会期中、4名の研究者が交代で行うギャラリートークは、毎回異なる視点から「源氏物語」の魅力を掘り下げる。
開幕初日には、江戸時代の文学を研究している国文学研究資料館の入口敦志副館長が登壇し、写本の歴史や物語の受容の流れを熱く語った。
第一章 「物語をつたえる」~その歩みをたどる~
平安時代の「源氏物語」写本は現存していないため、鎌倉時代の写本から物語の存在を読み解いていく。
写本の形や書かれた文字は、その本の目的や価値を示す象徴であり、本にも身分があった。
大河ドラマの中で中宮彰子の女房たちが、一条天皇に献上するために製作した四つ半本の大きさや、豪華絢爛な表紙と比較すると納得だ。
展示されている写本は小さい。
当時、「源氏物語」は歴史的真実を伝えるものではなく、ゴシップが書かれた娯楽本と位置づけされていたことがよくわかる。
和書や印刷の歴史はかなり奥深い
入口副館長による詳しい解説は→「ようこそ 豊かな和書の世界へ 国文学研究資料館 「和書のさまざま」 | 立川ビルボード」
また、平安末期には物語が絵画化された“絵巻物”が現れ、物語を読まずとも絵で楽しむ文化が登場した。
この「源氏物語絵屏風」は貴重な顔料をふんだんに使用し、緻密に描かれており、なおかつ公家が文章を書いている。
本だけでなく絵画にも身分があり、こういった美術品を上級階級の人々が愛でていたと聞き、身分社会であった時代を実感できた。
「源氏物語絵屏風」各帖の名場面を絵画化し、文章を書いた公家のサインが残されている
例外として、冊子本の断片(断簡)を掛け軸に仕立てたものは高値で取引されていたそうだ。
本来は全て揃っていなければ物語としては意味がないように思うが、一部分を鑑賞することをありがたがるということは、日本文化の特徴だという。
日本では、印刷技術が8世紀には存在していたが、貴族・公家社会では、自分たちの文化を守るため、限られた中で貴重な写本による一対一の伝承こそがステイタスだった。
新しいメディアが普及しはじめるのは江戸時代。
多くの人々にまずは知ってもらうことを目的として印刷が始まり、じわじわと庶民に浸透。
識字率もあがったことで、続々と読者層にあわせた内容の本が登場する。
この発想の転換が、のちに江戸の出版王ともいわれる蔦屋重三郎の活躍にもつながるのだ。
賀茂真淵書入れ「湖月抄」 「源氏物語」の知識がなくても理解できる木版の注釈書
江戸時代を通し最も流布し、その影響力は絶大。歌人 与謝野晶子も『湖月抄』を底本にし、初の現代語訳『新譯源氏物語』を書きあげたといわれている
諸説の乱れをときあかす『源氏物語玉の小櫛』
国文学者 本居宣長による注釈書。写本ではなく、まず出版して広げる形がこの時代のスタンダードとなった
第二章「物語をたのしむ」~読んでいなくても、誰もが知る古典~
「源氏物語団扇画帖」 団扇型の枠に絵を描きこんだ凝ったつくりのこの画帖は相当なアッパークラスでなければつくれない
54帖全てそろっていないことも、所有者も製作者も、その伝来自体が謎のため、とてもミステリアスな品。4Kプロジェクタで現存している帖全てをじっくり鑑賞可能
江戸時代、人々は『源氏物語』をどのように楽しんでいたのか
巻子本のみならず、カルタや雛人形の道具と思われる豆本、嫁入り本、香道からすごろくまで、ありとあらゆる分野で物語のエッセンスを取り込み、日用品とコラボレーションさせている。
組香「源氏香」が普及していた当時、マークを記すだけで、絵がなくても「源氏物語」と関連づけられる品物が存在した。
物語を読んでいなくても、誰もが物語を知っている。全てを把握してはいないが、帖を象徴するこの一部分だけはわかる。
そうやって「源氏物語」を身近に感じ、楽しみながら生活に取り込み、つないできたのだ。
江戸中期に印刷で量産されたことから、当時の人々は巻名だけで「源氏物語」と認識できる知識があったことが分かる
ひな人形の道具であったと推測できる豆本には、物語の概略や和歌が書かれており、54帖出版され、読むことができる本格的なもの
現代でも着物や帯の柄に使用されている源氏香のマークは、そのものだけで『源氏物語』と直結していた
第三章「物語をつくりかえる」~創造の源泉としての『源氏物語』~
読んだことはなくても、物語を象徴する絵、言葉やマークから「これは源氏物語だ」と、誰もが認識することができた江戸時代。
印刷技術が普及により、物語の続編や二次創作、パロディ、現代でいうコミック「草双紙」などが登場し、近現代には与謝野晶子、谷崎潤一郎、アーサー・ウェイリーなどの新訳本が発表された。
いつの時代も、姿かたちを変えながら広く深く、私たちに根付いてきた「源氏物語」。
「読まれてはいなくても誰もが知っている、というものを“古典”といってよいのではないか」という入口副館長の言葉に深く納得する展示となっていた。
「源氏雲隠抄」 江戸前期刊 光源氏の晩年期を語る二次創作は挿絵入り
その他、鎌倉時代前期に成立した「山路の露」は決着がつかぬまま幕を閉じた「宇治十帖」のその後を描いている
「源氏物語」のパロディの決定版「偐紫田舎源氏」 挿絵の周りにぎっしり書き込まれた娯楽本で、原典のおもかげを偲ばせつつも趣向の複雑化を図り,推理小説的展開をも付与する
「古典×現代」 しなやかに変容する源氏物語
もう一つの見どころは、現代アートとの融合だ。
2人の若きアーティスト、芦川瑞季氏(版画)と成瀬拓己氏(絵画)が、ないじぇる芸術共創ラボにAIR(アーティスト・イン・レジデンス)として参加。
国文学研究資料館の研究者たちと1年以上かけて『源氏物語』を題材としたワークショップを重ね、インスピレーションを受け創作した作品群は、古典に新しい命を吹き込み、「源氏物語」が今もなお創造の源泉であることを証明している。
古典と現代が交差するこれらのアートは、見る者を新たな視点へと誘うと同時に、物語をより身近に感じさせる。
ないじぇる芸術共創ラボ NIJL Arts Initiative
作品解説をする芦川瑞季氏。「源氏物語」の登場人物が抱える抑え込まれた感情の揺り戻しや隠された感情を、空間や猫などをメタファーとして表現する斬新な解釈と鋭い視点に引き込まれる
芦川氏は、「源氏物語」の登場人物が抱える抑え込まれた感情に注目し、「現代社会での自己表現にも通じる」と語る。
SNS時代の匿名性や相手の見えないコミュニケーションを作品に投影し、源氏物語が描く感情の複雑さと内面の交錯を空間的に表現した。
見る角度によって異なる印象を与えるこれらの作品は、「源氏物語」の奥深さを浮き彫りにしている。
作品解説をする成瀬拓己氏。成瀬氏は、源氏香の記号に触発され、香水瓶を通じて遊び心あふれるデザインを追求
3DCGソフトを駆使し、54種類の源氏香をテーマにした香水瓶を制作した。(画像右下)
成瀬氏は文化とデザインから生まれる共同幻想を模索した。「をさなげんし」若菜上の挿絵と国芳の若菜上の挿絵の構図が同じであることが、「源氏物語」の一つの形式の完成版と思い、現代の表現として漫画の表情豊かなキャラクターとして描いた。全作品、
伝統と革新のバランスが絶妙で、視覚芸術としてだけでなく、文化的な意義を強く感じさせる。
魅力的な関連イベント「源氏とあそぶ。源氏をまとう。」
展示期間中には、「源氏とあそぶ。源氏をまとう。」をテーマにしたトークイベントやワークショップが開催される。
若手アーティストたちが創作の舞台裏を語るトークイベントや、古典籍画像を用いたコラージュ制作、漆を使ったオリジナル封筒作りといった体験型のワークショップを開催予定。
これらは、観るだけではなく「源氏物語」と深く向き合い触れる、貴重な機会を提供する。
(国文学資料館HPより) ※申し込みはこちら→トークイベント&ワークショップ「源氏とあそぶ。源氏をまとう。」申込みフォーム
玉鬘の情景が映す紫式部からのメッセージ
副題の「明け暮れ書き読みいとなみおはす」は、「源氏物語」蛍巻に記された、物語に熱中する玉鬘たちの姿を描いた言葉だ。
この情景には、紫式部の深い想いが込められている。
物語を書くことで感情を昇華し、読むことで他者の経験を通じ自己を掘り下げる。
――紫式部は、物語に人間の普遍的な真実が宿ると信じ、現実では言葉にできない複雑な感情を鮮やかに描き出した。
「いとなみおはす」、すなわち物語は日々の営みを豊かにする原動力。
紫式部が私たちに残した本質的なメッセージがここにあると感じた。
入口付近に設置された副題「明け暮れ書き読みいとなみおはす」の解説文にはぜひ、目を通してほしい
「米や水のように、物語もわたしたちには必要だ」。
――大河ドラマ主人公の言葉が示すように、私たちは遥か昔から物語と共に生きてきた。
古典と現代が融合し、なめらかに変容している空間で、「源氏物語」を通したあなただけのいとなみを、それぞれの新世界を、ぜひ堪能してほしい。
AIR紹介パンフレットは希望者には無料配布される。作品への理解がより深まるため是非入手してほしい
また、若紫ちゃんと自撮りできる遊び心溢れる仕掛けもお試しあれ
■展示「源氏物語の新世界―明け暮れ書き読みいとなみおはす―」
共催展示「源氏物語の新世界ー明け暮れ書き読みいとなみおはすー」 – 催し物 | 国文学研究資料館
• 会期:2025年1月11日(土)~3月16日(日)
• 場所:たましん美術館(東京都立川市緑町3-4)
• 利用時間:10:00~18:00(入館は17:30まで)
• 休館日:月曜(祝日を除く)
• 入館料:一般500円、高校生・大学生300円、以下無料
●トークイベント&ワークショップ
源氏とあそぶ。源氏をまとう。
日時:2025年1月31日(金) 午後1時~午後4時15分
場所:多摩信用金庫本店3階 たましん事業支援センター(Win センター)〒190-8681 東京都立川市緑町3-4
定 員:15名(抽選)
締め切り 2025年1月20日(月)17時
●トークイベント 芦川瑞季氏 × 成瀬拓己氏 × 染谷聡氏
国文学研究資料館では、アーティスト・イン・レジデンス(AIR)プログラムを通じて、さまざまな分野で活躍するクリエイターをお招きしています。
今回は、現在AIR で活動中の芦川瑞季氏(版画家)と成瀬拓己氏(画家)、さらに元AIR の染谷聡氏(美術家/ 漆芸)によるトークイベントを開催いたします。
●ワークショップ
染谷氏と一緒に、古典籍の画像を使ったコラージュと漆を用いたオリジナル封筒作りに挑戦しましょう。
古典籍の画像を自由に切り貼りして、自分だけのデザインを作成。漆の香りや、塗り方で変化する色合いを観察しながら、古典籍の奥深さに触れることができます。
お申し込みはこちらから↓
トークイベント&ワークショップ「源氏とあそぶ。源氏をまとう。」申込みフォーム
●国文学研究資料館研究者によるギャラリートーク
日時:2025年1月11日(土)、1月25日(土)、2月8日(土)、2月22日(土)の全4回 各回午後2時30分~午後3時
場所:たましん美術館展示室内
問い合わせ先
国文学研究資料館 学術情報課社会連携係
TEL:050-5533-2984 FAX:042-526-8606
E-mail:jigyou@nijl.ac.jp
(取材ライター:西野早苗)