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時を越え 新しい音楽を発見する、国立音楽大学創立100周年記念事業 https://www.kunitachi.ac.jp/100th/

国立音楽大学創立100周年記念事業として、同大学楽器学資料館が主催する「フォルテピアノと探求する古典派のピアノ作品」が2025年12月11日、講堂の小ホールで開催された。

フォルテピアノ奏者であり、同大学と東京藝術大学古楽科で非常勤講師を務める平井千絵さんによる演奏とレクチャーが行われた。

2025/12/11 (木) 2025/12/11 (木)
開催場所

国立音楽大学講堂小ホール

2026.01.27

国立音楽大学100周年記念事業として製作された「くにおんフォルテピアノ」

「くにおんフォルテピアノ」には、学生や立川市民にも親しみを持ってもらえるようにという想いがこもっているそうだ:写真提供 国立音楽大学

2026年に創立100周年を迎える国立音楽大学では、記念事業の一つとして、18世紀のピアノの復元製作が行われた。

製作家ガブリエル・アントン・ワルターが1795年に製作したモデルを鍵盤楽器製作家・修復家の太田垣至さんが2年かけて製作した。

2025年に完成し、くにおんフォルテピアノと名付けられた。

4月のお披露目コンサートに続いて、同年6月にはポーランドのピアニスト、トマシュ・リッテルによるリサイタルも行われた。

今回は「フォルテピアノと探求する古典派のピアノ作品」と題したレクチャーコンサートとなる。

コンサートのために、国立音楽大学楽器学資料館の所蔵する3台のフォルテピアノが舞台に置かれた。

フォルテピアノは、現代のピアノよりも温湿度変化の影響を受けやすく、国内の現存数も数少ないものだという。

それが3台も並んだ舞台を目にするのはとても貴重な機会だ。

舞台上に並んだ3台のフォルテピアノを調整する太田垣至さん。左がAnton Walter c.1795 太田垣至2025年複製、中 John Broadwood & Sons c.1820、右 Conrad Graf c.1839 コーバルト兄弟 2000年ごろ複製

プログラムは、前半にピアノ演奏を差しはさんだ「フォルテピアノの音色 聴き比べと解説」、後半はピアノソナタを2曲、演奏する構成だ。

演奏と解説を行う、平井千絵さんは、フォルテピアノの演奏をオランダに渡って学び、国内外のコンクールで各賞を受賞した経歴の持ち主で、現在は国立音楽大学の非常勤講師でもある。

前半のレクチャーには太田垣さんも登壇し、フォルテピアノの特徴をわかりやすく教えてくれた。

フォルテピアノの特徴を知るレクチャータイム

舞台向かって左にあるのが、1795年ごろのワルター(くにおんフォルテピアノ)、真ん中に1820年ごろに作られたブロードウッド製作のフォルテピアノ、そして1839年ごろに作られたグラーフのフォルテピアノが並んでいる。


平井千絵さんがフォルテピアノについて実演を交えながら解説を始めると、来場者は集中して聞き入った:写真提供 国立音楽大学

まずは、3台の大きさの違いに注目する。

平井さんの話では、時代を追って鍵盤の音の数が63から73、80と増えていき、音域が広がっていったそうだ。

ベートーヴェン後期の曲を実演すると、「くにおんフォルテピアノ」やブロードウッド製作のピアノの音域では途中までしか弾けなかった。

使用する楽器の変化が、作曲にいかに大きな影響をもたらしたかを来場者が実感できた。

太田垣さんは「ベートーヴェンは、ピアノのサイズが鍵盤の音の数に応じて大きくなっていく、劇的な時代を経験した作曲家だった」と教えてくれた。


太田垣さんも平井さんと一緒に登壇し、フォルテピアノについてわかりやすく教えてくれた:写真提供 国立音楽大学

続いて平井さんはペダルについて解説した。

くにおんフォルテピアノには膝で押し上げて操作するニーレバーが鍵盤の下にあり、足元はすっきりしている。

それが、同じウィーンで40年ほど後に製作されたグラーフのフォルテピアノでは、足元に4本のペダルがついている。

時代のなかで、製作者たちが試行錯誤をし、ピアノが変化していったことが分かる。

この2台のウィーンで作られたピアノには、モデレーターという変音装置があり、薄い布がハンマーと弦の間に挿入される。

これによって、柔らかい音色に変わるという。

他にも、弦を打つアクションの機構には、イギリス式とウィーン式という2つの機構があり、演奏時に指に感じるタッチの重さなどにも違いがあるそうだ。

実際、イギリス式のブロードウッド製作のピアノと他の2台には響きに違いがあるように感じた。

フォルテピアノ演奏に込められた情感を聴く

実際にレクチャーの間に演奏された曲目を紹介しよう。

前半はW.A.モーツアルト作曲「フランスの歌『ああ、お母さん、あなたに申しましょう』による12の変奏曲(きらきら星変奏曲)」から始まった。

「くにおんフォルテピアノ」の優しい音によるおなじみのメロディが、来場者たちを迎えてくれた。


くにおんフォルテピアノ演奏時の平井さん。優しい音色がホールに響いた:写真提供 国立音楽大学

そして前半二曲目も、「くにおんフォルテピアノ」によるF.J.ハイドン作曲「アンダンテと変奏曲」の演奏だ。

平井さんは、ウィーン式のピアノは高音が細く、低音にはパワーがあるという。

また平井さんが記したプログラム解説によると、ウィーン式はダンパーの影響で、音が「スパっと潔く止音する」そうだ。

確かに、高音と低音の掛け合いのようなパートは、混ざり合うことのない相対する感情の葛藤のように聞こえた。

休憩をはさんで、後半一曲目、F.シューベルト作曲「ピアノ・ソナタ」第16番の第1楽章、第2楽章がグラーフ製作の複製ピアノを使用して演奏された。

平井さんのプログラム解説には、この曲のある部分に込められた「放たれて飛んでゆくような、モーツァルト的軽やかさ」を表現するためにはウィーン式が合っているとある。

グラーフののびのある音色によって、ホール内は別の時代に移し替えられたような錯覚が感じられた。


グラーフのピアノ演奏時の平井さん。同じウィーン式のピアノでも違いははっきりとしていた:写真提供 国立音楽大学

後半二曲目は、ブロードウッド製作の200年も前のピアノが使用される。

曲目はベートーヴェンのピアノソナタ第31番。

イギリスで生まれたこのピアノの現代的な雰囲気と、ウィーン式のピアノの音の違いが聞き分けられる。

「鐘の音」のようだと平井さんがプログラム解説に記しているように、ピアノの残響が曲を盛り上げた。

ブロードウッドのピアノ演奏時の平井さん。ホールではさらに熱気が高まり客席との一体感が生まれた:写真提供 国立音楽大学

レクチャーが進むにつれ、産業革命を経て大きく頑丈になった現代のピアノと、この3台には大きな違いがあることが体感されていく。

フォルテピアノの特徴は、一音一音に演奏者の想いがダイレクトに宿るような、音の情感であろう。

実際に息吹を感じさせるようなフォルテピアノの音は、平井さんの全身から生み出されるようだった。

フォルテピアノと平井さんの出会い

コンサートの開演に先立って、平井さんにお話を聞くことができた。

平井さんがフォルテピアノに出会ったのは音大生のころ。

「自分の出したい音色はこれだ!」と言葉にならない衝撃を受けたのは、フォルテピアノで生演奏されたシューベルトの「冬の旅」を聴いたときだった。

その音色に「感情を豊かに込めたときの声に似ている」と感じたという。

コンサート開始前の平井さんに貴重なお話を伺った。フォルテピアノとの出会いを語ってくれる平井さんからは、運命的な出会いをした時の歓びが伝わってきた

その当時、フォルテピアノは今ほど国内になく、聴く機会や学ぶ場所も少なかった。

そこで、師事していた先生の勧めもあってオランダ留学をしたことをきっかけに、様々な偶然も重なり、今の活動に繋がったという。

今回のコンサートは、平井さんのフォルテピアノへの想いがこもったプログラムであっただろう。

古典派の作曲家が生きた時代のフォルテピアノで、その当時の曲の世界観が再現されただけで終わらず、アンコールでは、20世紀の現代音楽家ジョン・ケージの「ドリーム」が演奏された。

古い楽器で新しい曲を弾くという斬新なコンビネーションだ。

平井さんは「楽譜に忠実になるほどパーソナルな面が生じる。音楽は自分を通して表現されるものだから、自分に近い楽器で演奏する」と話してくれた。

このスタンスが、時代やジャンルを越えて、その場に新たな音楽を創り出す夢幻の力を生じさせるのだ。

自分の感受性と直感を信じて、フォルテピアノの演奏に熟達していった平井さんの情熱は、本コンサートの演奏からもほとばしっていたように思う。

自分の感性と合う楽器を見つけたときの歓びを絶やさず、今も活動を続けているように見えた。

肩の力を抜いて演奏会を楽しもう

フォルテピアノはそれぞれ木目や装飾も違い、優雅な美しさをまとっている

平井さんは、古典派に限らず音楽に親しむ方法として、演奏会などに足を運び、いろいろな席で音を体感することをお勧めしてくれた。

「同じ演目でも演奏者や会場が変わると音楽は違う印象になる」と言う。

平井さんが自分の求める音色に出会ったように、いつかどこかで、私たちにも人生を豊かにする新しい発見があるかもしれない。

国立音楽大学の行う100周年記念事業は2026年12月まで続く。

玉川上水にある国立音楽大学講堂や、立川ステージガーデンでも開催される音楽イベントに足を運び、肩の力を抜いて音楽に親しむ機会とするのはいかがだろう。


夕暮れの国立音楽大学講堂。コンサート後、フォルテピアノの音色はまだ心に響いていた

国立音楽大学100周年記念事業
「フォルテピアノと探求する古典派のピアノ作品」
2025年12月11日(木)
国立音楽大学講堂小ホール

■国立音楽大学
東京都立川市柏町5-5-1
国立音楽大学 – くにたちおんがくだいがく – 公式ホームページ

国立音楽大学100周年[国立音楽大学100周年特設サイト – くにたちおんがくだいがく]

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国立音楽大学楽器学資料館

(取材ライター:設樂ゆう子)