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「“じゃあ、やる?”から始まった」 谷保の小さなベジカフェと、姉妹の“ちょうどいい”関係

カフェ・ヒンメル

谷保の住宅街に、静かに人気を集める小さなべジカフェがある。

自然光に照らされた少しうす暗い店先には季節の野菜。棚には手づくりのフルーツビネガー瓶。
少し気を抜くと通り過ぎてしまいそうな控えめな店構えなのに、扉を開けると不思議と肩の力が抜ける。

2026.06.17

客席はわずか7席。営業時間も短い。それでも、この店を目指して来る人は絶えない

店の名前は「カフェ・ヒンメル」。2019年にオープンした「身体にやさしいベジランチの店」だ。
そう聞くと、長年温めた理念や健康哲学があって始まったように思える。
しかし話を聞けば聞くほど、その予想は気持ちよく裏切られていく。
「最初は肉も魚もやっていましたよ。テリーヌとか、タコのマリネも」。
そう笑うのは、管理栄養士の妹・野口純さんと、薬剤師の姉・松尾さつきさん。
この店は、驚くほど自然に、驚くほど“なんとなく”始まったのだ。

左:カフェ・ヒンメル代表 妹の野口 純さん 右:薬剤師と兼業の姉、松尾 さつきさん

 

「空いているらしいよ」から始まった店
純さんの中には、昔から「いつか自分の店をやりたい」という思いはあった。
飲食店で働いた経験も豊富。間取りやメニューを書きとめ、ぼんやり構想を練ったこともあった。
そんなある日、子どもの学校のつながりから、声がかかった。
「谷保に空いている物件があるらしいよ」。
「じゃあ、見に行ってみようか」。
軽い気持ちで見に行った場所が、今のヒンメルだった。
「ちょうどよかったんですよね。広さも、家賃も」。
普通なら、一度持ち帰って考えそうな話だ。
けれど姉妹は違った。
「“じゃあ、やる?”って感じでした(笑)」。
行き当たりばったりな決断、と姉妹は笑うが、今思えばそのタイミングは絶妙だった。
さつきさんは薬剤師として働きながら子育て中。週に数日なら店を手伝える状況だった。
「ちょうどいい店があったし、できそうだから始めてみよう」といった具合だ。

元は手打ちうどん店だったという小さな店舗は広い窓から差し込む自然光が心地よく、木のぬくもりを感じる

 

ベジカフェになった理由は、「冷蔵庫が小さいから」
面白いのは、ヒンメルが“野菜の店”になった理由だ。
開店当初は肉や魚も扱っていたが営業を続けるうちに、近所の人たちが次々農家さんを紹介してくれるようになり、

気づけば、どんどん旬の野菜が集まってきた。
でも、店は小さい。冷蔵庫も、驚くほど小さい。
「肉も野菜も置くの、物理的に無理だったんです」。
だから、野菜だけにしてみようか。今のスタイルが完成した理由が、妙に現実的で拍子抜けしてしまう。

画像右下 アイルランドの国民食アイリッシュソーダブレッドは、手早く作れるパンを探していたときにたまたま見つけた発酵いらずのパン

食材を見ながらその時つくりたいものを自由に作るスタイル。お菓子も、他では見たことない品と出会える

強いコンセプトが先にあったわけではない。
人との縁ができ、その土地にあるものを受け取り、環境に合わせていったら今の形ができた。
店の顧客からの声掛けは続き、近隣施設でお弁当販売も調理講座も始まった。
ガツガツ営業はしていないが、来た縁はちゃんと受け取り流れに乗ってみる。
その積み重ねが、今のヒンメルをつくっていった。

国立市役所でのお弁当販売や近隣のカルチャースクールでの講座、店舗でワークショップも開催

いつの間にか活動の場が広がっていたそう

 

その日の野菜を、その日のうちに
飲食店といえば、何度も試作を重ね、完成形をつくるイメージがあるが、ヒンメルは違った。
「試作はしないんです」。
届いた野菜を見て、その日の料理を決める。使うハーブも、匂いで決める。
「試作しているうちに旬が終わっちゃうから」。
完璧を目指して整えるより、今あるものをいかにおいしく食べるか、ただそれだけだという。

取材時、厨房で採ってきたばかりの山椒の実を丁寧にとっていたさつきさん。どんな料理に使うのだろう

 

姉妹なのに、喧嘩しない理由
「姉妹で店をやっていて、ケンカはしないんですか?」。
そう聞くと、二人はほぼ同時に笑った。
「狭すぎて、一緒に厨房に立てないからケンカはできないんです」。
まな板一枚でいっぱいになる狭さのため、基本的に料理は一人ずつ。
曜日ごとに担当が変わり、各々のやり方で料理するので、同じ野菜でも少し違う味になる。
「これ入れるんだ?」。
「そういう作り方なんだ!」。
たまに一緒になると、そんな発見もあるという。
距離感も、役割も、関係性も。結果的に、厨房の狭さが店の“ちょうどいい”をつくっていったそうだ。

店名は「天」を意味するドイツ語に由来している

天からの恵みがたくさん詰まった店では月1回「どなたでも食堂」という300円ランチも提供している

 

「弱っている時に、選んでもらえる場所に」
これから先のことを聞くと、店舗を増やしたい、有名になりたい、というような話は一切なかった。
でも、願いはある。
「ちょっと弱っている時に、選んでもらえる場所になれたら」。
管理栄養士と薬剤師。
ずっと“身体”と向き合ってきた姉妹だからこそ出てくる言葉なのかもしれない。
少し疲れた日。
なんとなくしんどい日。
野菜をちゃんと食べたい日。
「今日はヒンメル行こうかな」そんなふうに思い出してもらえる場所。
それが理想なのだという。

人気の旬の果物で作る特製ビネガー。ソーダや豆乳で割る他に、料理にも使用するという

そして、純さんにはもうひとつ、夢がある。
「いつか、本を出してみたいですね」。
きっちりグラムを量るレシピ本ではなく、もっと自由で、もっと肩の力が抜けたもの。
「料理って、毎日のことだからそんなにかしこまらなくてもいいんだよ」。そんな想いが伝わる本。

いただいたハーブの仕込みをはじめる純さん。後ろに並ぶ食器類も、オープン前にたまたま譲り受けたものだという

ヒンメルの料理がおいしい理由は、“正しさ”ではないのかもしれない。
今、手の中にあるものに向き合い、流れに逆らわず、でも流されすぎず、来たものをちゃんと受け取りながら、その時々を整えていくこと。
野菜との出会いも、お弁当販売の縁も、振り返れば全部、受け取った“流れの先”にあった。
パワフルな起業ストーリーでも、「夢を叶えた!」という熱い話でもない。
「雨が降ってきたから傘をさそう」、というくらいの自然体で日々、厨房に立つ姉妹の小さな店は
今日も静かに扉を開けている。

Cafe Himmel(カフェ・ヒンメル)
東京都国立市富士見台3-4-1
■アクセス
JR南武線「谷保駅」「矢川駅」より徒歩圏内
JR中央線「国立駅」南口より、立川バス4番のりば(矢川駅行き/国立操車場行き/国立泉団地行き)乗車約10分

「芸術小ホール前」下車 徒歩約2分(スタジオ凛となり)
◼️営業時間
火曜 NHK学園でのお弁当販売のみ(ヒンメル店舗で受け取りも可)
水曜・金曜 11:00~14:00(イートインは11:30~LO13:30)
土曜 11:00~15:00(LO14:30)
木曜不定期営業

◼️定休日
日曜・月曜・木曜(不定休)・祝日
■TEL
070-9042-3024
■SNS
Instagram/ Facebook/X

(取材ライター:西野早苗)