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「無門庵」から「ときと」へ、立川の歴史を紡ぎ2周年迎え “今ここ”に耳を澄ます能登の食体験https://www.aubergetokito.com/

1938年創業の料亭「無門庵」の跡地に誕生した「オーベルジュときと(以下、ときと)」は、4月に開業から2周年を迎えた。
長年地域に親しまれた無門庵の門や庭園、茶室を継承し、食房と茶房、4部屋の宿房を備えた約1630平米の「食を超えた体験を届ける場」として進化を続けている。

2025/04/08 (火) 2025/04/09 (水)
2025.05.08

「無門庵」は、1938年に日中戦争下の時代背景のなかで開業した。数寄屋造りの建築と日本庭園を備え、陸軍将校や米軍将校たちにも使われていた。時代の流れと共にその在り方を変えながら、料亭として営業を続け、地元住民や観光客の心に残るもてなしを提供してきたが、2019年に惜しまれながらその長き歴史に終止符を打った。

2周年を迎え、大河原謙治総支配人・料理長は、挑戦し続ける、それは開業当初から変わらぬ想いであり、立川だからこそ生まれる新しい日本料理を創りたいという。「日本料理を現代的に再解釈するスタイル『ジャパニーズ・イノベイティブ』を踏襲しつつ、和の精神を大切にしながらも、ジャンルや技法に縛られず、時代と向き合いながら進化するときとの料理の確立に取り組んでいる」と話す。食のまち・立川を世界に発信し、10年後には立川を“日本のサンセバスチャン”にしたいと考えている。

大河原謙治総支配人・料理長

石井義典プロデューサーは、立飛グループの一員として地域と世界をつなぐ活動に注力。海外の食イベントに参加し、自身が出演した映画「ときと」は海外の映画祭で賞を手にした。「旧無門庵時代からのお客様、現在は世界中から訪れるお客様の支えにより、2周年を迎えられて嬉しい。立飛は昨年創業100周年を迎え、今年9月にはその記念事業の一環として食のイベントを開催予定。立川を“食と人が集う街”として発展させていく」と今後の展望を述べた。

 

ときとの現在地、能登のシェフたちと「食」のいまを巡る

2周年を迎た「ときと」で最初のイベントとなった4月8日、9日の食イベント「Here.Now.」。コンセプトは、震災を越えてなお息づく“能登の今”に寄り添い、その瞬間を、料理を通して紡ぐこと。今回は、石井プロデューサーと深く共鳴し合う2人の料理人、石川県輪島「L’Atelier de NOTO」池端隼也シェフと、七尾市「Villa della Pace」平田明珠シェフが腕を振るった。

池端シェフは「まだ復興が進んでいない部分もあるが、道路は整備され、訪れやすくなった。今は山菜のシーズン、自然が豊かな土地だからこそ味わえる料理を食べにぜひ足を運んでほしい」と語り、東京でのイベントはリフレッシュできる良い機会と意欲をみせた。2024年7月、輪島市にオープンして話題となった飲食店『mebuki -芽吹-』は現在も営業を続けている。自分の店を持つ準備として、多くの人たちが次々と働きに訪れているという。平田シェフは東京出身、偶然訪れた七尾市に魅了され、9年前に移住した。高校時代によく訪れていた立川にときとのような場所ができたことが嬉しいと語り、「自分の店や料理は日常生活の一部という感覚がある。だから料理をつくり続けられている」と話す。

左から、平田明珠シェフ、石井義典プロデューサー、池端隼也シェフ
Photo: Champ Creative

今回のテーマ「Here.Now.」は、豊かな自然に囲まれ、四季折々の恵みに満ちた能登の“現在地”に深く向き合う姿勢を意味しているという。石井プロデューサーが、能登で現地で感じたことを、能登の自然と食文化を未来へつなぐ担い手である二人のシェフと共に表現した料理とデザートは12品。震災という大きな痛みを抱えながらも、確かにそこにある食材の命と土地に宿る気配を今回の一皿一皿に結実させた。

上部にびっしりと八朔の実を敷き詰め、下部にはエシャロットやねぎ、アクセントに自家製の奈良漬を忍ばせた一品

鯛、鮃、シビ鮪、赤西貝、伊勢海老 4種のうじお
ぜいたくな海の恵みを潮で引き立てる、旨みの重なりを味わう一皿。ガラスの下には、石井料理長が版画で表現したときとの外観が静かに仕込まれている

能登たこと太田猪の共演 山菜
たこの吸盤と足はさっと茹でて、炭で香りをつけながら焼き、他の部分は猪肉と共にミンチにしてハンバーグに。能登クレソンを添えて、七面鳥の出汁をベースにした自家製醤油と共に

あいなめ、宇出津若芽、雲丹
淡白なあいなめに、宇出津港の若芽(わかめ)の香りとふんだんに使用された雲丹の存在が穏やかな輪郭をもたらす

七面鳥、能登115、葉山葵 蕗の薹(ふきのとう)
七面鳥は、本来の旨味を引き出すために強火の焼き上げと、冷ます作業を繰り返し、レアに仕上げる。噛むたびに豊かな風味が広がる肉厚な原木しいたけ能登115と合わせて満足感たっぷりに

〆の麺 まぜそば
能登115と野草、胸肉など、能登の滋味深い食材と、立川のうどやときとの自家製麺、両地の魅力が絶妙に絡み合う一杯

それぞれの料理にあわせたアルコールペアリングは、能登、数馬酒造の日本酒やクラフトジン「のとジン」、数年前にドイツ・アール地方で洪水被害により全壊しながらも見事に復活を遂げたワイナリーの赤ワイン、ときとのシンボルカラー「とき色」のロゼワイン、立飛麦酒醸造所のクラフトビールなど。能登の記憶と、ときとの2周年という節目に彩りを添える一杯が次々と登場した。

いまを味わい、未来を紡ぐ
石井プロデューサーは、能登のシェフたちと初めて出会ってから5年。さらに磨きがかかり、能登への想いを表現し、発信し続けるその生きざまに強く心を打たれたという。「日々触れ合う自然から得るもの、付き合い続ける地元の生産者と同じ視線で毎日を過ごし、磨きあうことの重要性を改めて感じさせられた」。
「能登を訪れる前、震災に対してはどこか第三者的な視点で、未来のためにこうしようといったきれいごとで考えていた。けれど、実際に現地を訪れ、自分の肌で感じることで、それがいかに浅はかだったかに気づかされた。震災のときから今に至るまで、現地の人たちは『今をどうしていくか』ということで精一杯であり、未来のことを語れる状況ではなかった。その現実を理解したとき、このメッセージをより多くの人に伝えていこうと心に決めた」。

来店していたゲストは、「被災地に行くのは不謹慎なのではと迷っていたけれど、現地でお金を使うことが、少しでも力になるのだと気づいた。近々旅行へいきたい」と語った。山と海、風と土、人と食、それぞれが交差する瞬間をすくい取るような食イベント「Here.Now.」は、料理という表現を通して、能登を訪ねたい場所へと変えていく気づきの瞬となった。

■「Auberge TOKITO」(オーベルジュときと)
東京都立川市錦町一丁目24番地26
代表番号 042-525-8888
火曜日, 水曜日
https://www.aubergetokito.com/
Instagram
https://www.instagram.com/aubergetokito/(@aubergetokito/)

(取材ライター・写真:Me Time Japan in Tama)