
TACHIKAWA
BILLBOAD
「宝石を食べてみたいと思ったことありませんか」
人にお茶をいれてあげることが好きで、店舗では紅茶を提供しようと決めていた。
紅茶に付ける菓子を探していた時、菓子店「patata cakes」さんと知り合った。
「琥珀糖のアレンジも面白くて味もすごく美味しかったんです。しかも、琥珀糖って宝石みたいだと思いませんか?見た目は美しいがそれは幻で、妖精のお菓子を食べてどうにかなってしまうという物語にでてくるような、妖精のお菓子っぽさも感じる。きらきらしているものが好き、僕は好きなことだけでできているんです」と、この不思議な名前の本屋さんの亭主であり、妖精譚(ようせいたん)の語り部でもある 高畑吉男さんは語りはじめる。
「母に買ってもらった、50巻ほどのお話カセットテープがビロビロ」
「子供のころからお話が好き過ぎて、母に本を読んでもらうのですが寝ることができず、根を上げた母が、お話が録音されているカセットテープを買ってくれて。ほんとうにテープがビロビロになるまで聴きました。特に妖精、魔人、人魚や変わった生き物が出てくるお話が好きで。一度聞いたお話は覚えてしまい、常に2~300くらいのお話が頭に入っているんです」という。
「妖精にときめき魅了された子供時代」
「マンガ世界の昔話だったかな『オンディーヌ』という物語があって、その中で『虹を固めて宝石にする』とか『湖に美しい水の精霊が住んでいる』そういうキラキラした美しさに、“ずきゅん!”とときめいて魅了されてしまったんです」と子供時代のときめきを振り返る。
高畑さん自身の物語を読んでいるかのような、はたまた冒険をしに行く探検家のような、不思議な感覚になる。
「夢は楽器を弾きながら物語を語りたかった。進路希望で、吟遊詩人と書いて呼び出される」
小学生の頃まで妖精なんて物語の中だけだと思っていたという。
中学性の頃、図書館にあったブリタニカ百科事典に出会い、思いが変わる。
「ブリタニカ百科事典に妖精項目があって、妖精学があることを知り、妖精学の第一人者・井村君江さんに出会いました。日本でいう民俗学と同じだとわかり、学びたいとおもいました」と高畑さんの物語は進む。
進路指導のたび語る吟遊詩人への夢。担当教員に呆れられながらも、ずっと空想のなかで生き、夢の世界から降りず、やりたい道を進んでいく。
「縁があり津原泰水先生の私塾に通い、作家活動を始めた」
何冊か本も書き、作家活動をしていたが、支えてくれていた出版社が倒産してしまう。
そんな時、須永朝彦先生から「お好きなことをおやりなさい」と言われたことがきっかけとなり、高畑さんは大好きな妖精について学ぶ為、妖精の国・アイルランドに向かうことになる。
「妖精譚や民話は土地がみている夢」
「僕の語る物語は、土地に関係するディンシェンハス(土地にまつわる伝承)が多いんです。妖精譚や民話は土地が見ている夢であり、その夢の登場人物が妖精達だと思ったからなんです。地誌という学問があるんですけれど、アイルランドはあちらこちらにそれがあって、それを見つけていくのがとても楽しい。特に好きなお話は、『取り換え子』という『チェンジリング』の話で、かわいい子供を妖精がさらい妖精の子を置いていく、妖精の子供はしなびたナスみたいなんだけれど、魔法で人間にはわからない。子供が笑うと妖精が生まれるなどの、人を魅了する物語の数々。そしてその裏にある物語りも好き」と、きらきら光る妖精の粉が舞うように、次々と妖精への想いが舞い上がる。
高畑さんには語り部として心が熱く震えた言葉がある。
それは、アイルランドの語り部から言われた言葉。
「物語は本に書かれているだけでは死んでいるんです、誰かに読まれて始めて物語は息を吹き返し、でもまだ仮死状態。物語を伝えること、妖精を手渡すことでやっと物語は息を吹き返す」。
この言葉を聞いて、自分の仕事は「伝えること」なのだと強く思ったという。
「ストーリーテラー妖精譚の語り部とFairy Doctor」
帰国後、友人たちに妖精の話をすると、みんなが聴きたいと言ってくれ、頼まれれば何所にでも足を運び、お話し会を開催していった。
それが、話題になりアイルランド大使館や小田原市などから、ストーリーテラーとして呼ばれはじめる。
「日本人は妖精に会いたがるんですけど、アイルランドでは妖精には会わない方がいい」という。
妖精とは、人間の価値観など全く通じない相手だからだ。
妖精誕生を書いたトマス・カイトリーは、著書(妖精の誕生フェアリー神話学 現代教養文庫ライブラリー)の中で、『私たちの心の本性として、ある現象やできごとを見ると、何らかの原因がその裏にあって起こした結果だと考えたくなる。そして、これも同じくらい一般的にいえることだが、そういう現実にはたらいている原因は、〔無生物でなくて〕何か知性ある存在の仕業だと思いこみがちである。この心の傾向自体は、深遠な哲学者だろうと、農民あるいは野蛮人だろうと、かわりはない。 』と書いている。
「そんな不思議なことを起こす妖精に対しての専門知識を持っている人たちのことをFairy Doctorと呼び、彼らと巧くやっていき人間と妖精を繋げる為の知恵を、物語として口伝えてきました。昔は村に一人はいて、村人達を安心させてあげていたです」と説明してくれた。
「専門書は一ケ所にあることが大切」
「僕引越し魔だったんですが、妖精譚(ようせいたん)の語り部として活動をしているうちに、年齢的にどこまでできるのかということや、もし自分に何かあった時に、本が散らばってしまうことだけは避けたいと強く考えていた頃、たまたま朝ドラを見ていたら古本屋さんが出てきたんです。みんなが集まるシーンがあって、こんな、店を持てたらいいなと思った」と店を構えようと思ったきっかけを話す。
腰を落ち着かせるのもいいなと考え始めた矢先、小型書店の開業をサポートするサービス「HONYAL(ホンヤル」を知り、登録をする。
開店のサポートを受ける為に必要な企画・計画書も通り、本屋さんを始めることになる。
「ステージありの謎物件」
様々な場所を見たのですが、決めようと思ったら先を越されてしまっていたり、なかなか巡り合わせがなかった。
「そうこうしていたら、最初にステージありと言われて断った物件がまた出てきたんです。それが実は呉服屋さんで。呉服屋さんだったから店も北向で本屋さんにも好条件。トントン拍子で話がすすみここに決まりました」と開店までの経緯を話してくれた。
「狐弾亭(こびきてい)」
店を構えるまでは、ハープを弾きながら語るので「琴弾亭(ことびきてい)」といっていた。
「なんとなく座りが悪くて、どうしようかと考えていたら、狐が琴を弾いている夢を見たんです。『ハープの弦切れるでしょ狐の手ではっ!』と突っ込みいれてしまった。ちょうど僕が祀っている神様もお稲荷さんで、みんなにその話してみたら、『それは絶対にお告げだろう』と言われ。『狐弾亭(こびきてい)』となったです」と不思議な店名の由来を教えてくれた。
取材に伺った日は、ちょうど、お稲荷さんのご縁日である午の日と、年に一度のBealtaine(ベルティネ)というアイルランドの夏の始まりをお祝いする日で、高畑さんは「午の日限定の狐の尻尾」をつけており、店内の床にもBealtaineの無病災を祈る儀式を模したラビリンスが設置されていた。
くるくる回って渦の中央まで行き、折り返し入り口まで戻ってくる(本来は薬草などで渦を作る)。
「夢は『あーあのお店の』『あの狐の人ね』と言われようになりたい」と目を輝かせる。
これからも続いていく、高畑さんの物語も読みたくなった。
■高畑吉男 略歴
storyteller of Ireland 正式会員
日本フェアリー協会会員
フェアリードクター
アイルランドを中心とした妖精譚の語り部として精力的に活動中。
2009年、アイルランドに妖精学のフィールドワークの為に留学。
スライゴ、ゴールウェイ、ディングル、北アイルランドなど、アイルランド神話・民話の舞台を歴訪。
ユニバーシティ・カレッジ・ダブリンにて民俗学をPeter Mcguire氏に師事。
その後も、アイルランドと日本を行き来する。
2012年、Storytellers of Ireland(アイルランドのストーリーテラー協会)に正式登録される。
2014年より毎夏、ゴールウェイ大学にてアイルランド語を勉強、またアイルランド語の詩歌にも着手。
2017年よりアイルランド語の入門講座を開講。
2019年、アイルランド南西部ケリー県キラーニーに長期滞在。
土地の人たちと交流を重ねながら、さらなる妖精譚への理解と『語り』の普及に努める。
2025年、妖精に纏わる専門書を扱う書店「狐弾亭」を立川に開店する。
著書に『アイルランド妖精物語(戎光祥出版)』等がある。
(取材ライター: 高橋真理)