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近藤治夫:Kondou Haruo古楽バグパイプ演奏家・製作家/古楽器演奏家

近藤治夫さんは、ヨーロッパ中世・ルネサンスの音楽を演奏する「Jongleur Bon Musicien(ジョングルール・ボン・ミュジシャン)」代表。
中世民衆音楽の担い手であるジョングルール(放浪楽師)に着目し、その社会的地位や精神、そして音楽についての研究と演奏活動を行う。

また、演奏活動と並行して、2002年バグパイプ工房「Atelier de la Cornemuse」を開設し、古楽バグパイプの製作も行っている。

古楽器ときいて、どんな楽器どんな音を思い浮かべるだろう。
出会わなければ、思いもつかない世界の音の数々。
そんな音に魅了された古楽バグパイプ演奏家、そして古楽バグパイプ製作も行う近藤さんの工房にうかがった。

2025.06.05

猫さんがお出迎え

「古楽とは」
「古楽」とは、一般に10世紀前後~18世紀頃の中世・ルネサンス・バロック時代の音楽をさす。

ヨーロッパで19世紀末ごろに、中世やルネサンス・バロック時代当時の楽器や演奏方法を復元しようとする「古楽復興運動」というムーヴメントが起こり、日本でもヨーロッパの古楽が広まることとなる。

「古楽器との出会い」
「僕が大学生の頃。その当時は、まだリコーダーアンサンブルをやっていたのですが、ある時メンバーがイギリスにある古楽器を扱う『The Early Music Shop(EMS)』で、ルネサンス時代に流行ったクルムホルン(crumhorn)などを購入してきてくれた。それがきっかけとなり、古楽器の世界と出会いました」と柔らかい声で話し始める。

クルムホルンの発音体は管の中に仕込まれており、ダブルリードの「ヴーヴー」という音が特徴的だ

「リコーダーアンサンブルから古楽器アンサンブルへ」
「古楽器を購入してきてくれたメンバーが、クルムホルン以外にも、いくつかの古楽器を持ち帰り、その後、オーボエ、ファゴット、トロンボーンなどの先祖楽器や、現代では使われなくなっていた古楽器の復元品を購入しました。みんなリコーダーしか吹いていなかったのだけれど、自分に向いている楽器をそれぞれ選んで、いくつもの古楽器を買い揃え、古楽器アンサンブルとなったんです」と新しい音楽との始まりを話す。

「バグパイプを選んだ理由」
「小さな古楽バグパイプを譲ってくれるというオランダ在住の日本人古楽器奏者の方がいて、それを購入したんです。それまでは、私もバグパイプはスコットランドの民族楽器だと思っていたのですが、この小さなバグパイプを手にした時、バグパイプにも様々な種類があり、その一つに古楽器のバグパイプもあるということに気づいたんです。また、バグパイプは、単体で複数の音が出せ、ある種のハーモニーになるので独奏にも適しており、一台で独自の世界が成立する。誰もがすぐにバグパイプだとわかる独特の音色、キャラクターが際立っているところに惹かれた」という。

「音が鳴るだけで世界が変わる」
「バグパイプは音域も狭いし音量も変化がつけられないけれど(常にフォルテ)、中世・ルネサンスの絵に描かれているように、村や街中でいったん音楽が鳴れば、みんながすぐに踊りだすことも日常茶飯事なほどポピュラーな楽器で、一般に中世は暗黒の時代とも誤解されていますが、自由で楽しい一面もあったと思うんです」と、近藤さんは、一緒にその光景の中にいるように話してくれる。

「古楽バグパイプ製作を始めたきっかけは、自分でバグパイプを作ることができる簡単なキット」
「古楽バグパイプを演奏し始めてしばらくした頃、EMSが出していたキットを購入しバグパイプを作ってみたんです。でも、音は出るんですけれど、なにか物足りなくて。25~30年前です。当時は日本人のバグパイプ職人さんはいなかったので、フランスのバグパイプが古楽に向いていると考え、フランスのバグパイプ職人さんに『楽器作りの弟子にしてください』とお願いをしました。当時は、インターネットも普及していなかったので、エアメール(郵便)やファックスでのやり取りで、とても時間がかかりました。今とはだいぶ時間の流れが違いますよね」と当時に思いを馳せる。

弟子入りの交渉をしてもなかなか受け入れてもらえない中、見切り発車でバグパイプ職人を訪ね歩くフランスへの旅に出発した。

旅のさなか、フランスのバグパイプ職人ベルナール・ブランさんの工房に突然お邪魔したところ、バグパイプ製作の中でも一番重要なチャンターリードの作り方を教えてくれた。

今のように、動画も手軽には撮影できない時代。作業工程は見て記憶したという。

旋盤で各部の木管パーツを削ってゆく

「工具は自作」
「メロディを奏でるチャンター管は中(内径)が円錐(末広がり)なんです。このチャンター管の中の円錐を削りだすためには、専用のリーマーと呼ばれる工具を作る必要があり、それぞれのチャンター管に適したものを作らなくてはなりません。フランスにはリーマーだけを製作する専門の職人さんがいるのですが、日本には専門の職人さんがいなくて、自分で作らなければなりませんでした。幸い、私の場合は、帰国後に日本でバロックオーボエを製作されている方から、リーマーの作り方と旋盤の使い方を習うことができました」と教えてくれた。

近藤さんのチャンター管はリーマーで4段階に分けて削っていく

「楽器にも階級がある」
「楽器の階級というか地位なんですけど、教会や宮廷で演奏されていた楽器は価値のあるものと考えられ、博物館に残っているんです。けれど、バグパイプは羊飼いや放浪楽師、農民など地位の高くない人々の楽器であったため、現物はほとんど残っていない。文献史料としては紀元前後のギリシャの詩人ウェルギリウスの詩や、皇帝ネロが演奏していたなどの記述はありますが、絵として残っていないため確証は持てない。起源としても、他の木管楽器同様、中近東あたりであろうと考えられていますが、確実な証拠はない。絵画として出てくるのは13世紀頃からですが、その後もピーテル・ブリューゲルの作品『農民の踊り』『農民の婚礼』などに出てくるように頻繁に絵の中で描かれるようになります。また、楽器の材料としては、管の素材となる木、バッグを作る動 物の革、発音体(リード)になる葦があればバグパイプは作れるので、各地域の田園地帯で手に入る材料で作ることができるほど、庶民の生活の中にあった楽器でした。ただ、そんな下々の楽器であったためその価値が認められず、現物が残っていないことがほとんどなんです」と、実際に近藤さんが演奏に使っているバグパイプ、フランスの「コルヌミューズ」とドイツの「ヒュンメルヒェン」それと、今までに近藤さんが製作したバグパイプの中から「デューラー型バグパイプ」(写真史料)を見せてくれた。

左はフランスの「コルヌミューズ」。右はドイツの「ヒュンメルヒェン」

近藤さんの製作した「デューラー型バグパイプ」

「古楽バグパイプには、製作者の個性が出る」
「現代のフランスでは演奏者と製作者は別々で、僕にバグパイプのチャンターリード製作を教えてくれたベルナール・ブランさんも元はハーディ・ガーディ奏者で、『演奏者か製作者かを選ぶ日がいつか来る』といわれたけれど、僕は欲張って両方やってしまった。バグパイプ製作は記述や絵からの復元が主であり(特に古楽バグパイプ)、地域ごとの材料で作っていたこと、管の本数や袋の形など形状の違いや、音量・音色の違い、奏者の構え方のバリエーションなども相まって、製作者としてはいろいろ想像する余地が広くあって作りがいのある楽器です」と言葉を弾ませる。

「古楽器への入り口ひろがりはじめてはいる」
「BSテレ東『おんがく交差点』で古楽バグパイプを取り上げてもらったり、様々なTVアニメ音楽に古楽器を使っていただく場合も増え、徐々にではあるが、一般の人にも古楽器の存在を知ってもらえる機会が増えて喜んでいる」という近藤さんの言葉から、古楽器への未来が伝わってくる。

「時代時代に合った音楽と楽器、進化でなく変化」

現代に至るまで楽器は、音量や音域を時代に合わせて変化させてきた。
音楽のスタイルも聞き手側の環境も、この先の時代の音楽に合わせ変化していくのだろう。

近藤さんが面白いことを教えてくれた。
「昔と違い、好きという気持ちや情熱だけで、現地に行って教わるフットワークの軽い若者が増えてきた。そして、世界のどんな地域の音楽でも、探すとやっている日本人の演奏者が全国に一人はいる」という。

世界はまだまだ、思いもつかない音で溢れている。

(取材ライター: 高橋真理)