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堀 道広:Michihiro Hori 漆/漫画/イラストレーターhttps://michihiro.holy.jp/

器が割れる。思いがけず、日常の中にぽっかりと空白が生まれる。
ふつうは捨てて、新しいものに買い替えるだろう。
だが、その破片を拾い集め、金と漆で継ぎ直し、むしろ“前より魅力的に”よみがえらせる技がある――金継ぎだ。

東京都・国立市在住の漫画家であり、「金継ぎ部」を主宰する堀道広さんは、そんな「再生の技」を日常に根ざして体現している人物だ。

2025.06.03

堀道広さん著「おうちでできるおおらか金継ぎ」(実業之日本社)

本物の材料を使い、体に害のないやり方で、伝統の修繕方法を味のあるイラストで分かりやすく解説する金継ぎの入門書

都内近郊で自ら主宰する金継ぎ教室「金継ぎ部」では、壊れた器と、それぞれの人生に向き合う時間が静かに流れている。

笑顔で金継ぎした器を見せてくださる堀さん

淡々とした語り口が心地よく、時間がたつのを忘れてしまう

 

器とともに、心もそっと継いでいく
堀さんが主宰する「金継ぎ部」には、年代も背景もさまざまな人々が集う。

器を直すためにやって来るが、次第にそれは“自分自身を整える時間”へと変わっていく。
「器の話をしていたはずなのに、気づいたら家族のことや、仕事の悩みの話になっている。

不思議なんですが、金継ぎの時間は、そういうことが自然と話せる空気になるんですよね」。

東京都国立市にある「多摩金継部」の工房は、秘密基地のようなワクワクする空間が広がっている

「“こうすべき”とか“正解はこれ”みたいなことは、なるべく言いたくないんです。たまたまそこにある器を、ただ一緒に直す。それだけでいいと思っています」。
堀さんは“教える人”というより、“ともに継ぐ人”だ。仕上がりの正確さよりも、「その人がその人なりに直した」というプロセスを何より大切にする。
「ズレていても、ムラがあっても、それでいい。むしろそれが“その人の金継ぎ”なんです」 。

完璧に元通りにするのではなく、傷を受け入れ、そこに各々の新たな価値を見出し、心も継いでいく――金継ぎの考え方は、まるで人の生き方そのもののようだ。

器を慈しむ気持ちを感じる金継ぎ。気に入らなければ何度でもやり直せるので、失敗はないそう

 

あまのじゃくな創造性
堀さんは、金継ぎをアートではなく、「完成された修復技法」と捉え、黒子として器に寄り添うことを自身のスタンスとしている。
その一方で、色漆で猫の絵を描く「猫継ぎ」や、チョコペンで割れたせんべいを直す「せんべい金継ぎ」など、金継ぎの新たな可能性も軽やかに探っている。
「新しいものを生み出さなくていい、職人仕事だから個性を出しちゃいけないと言いつつ、どうしても継いだ人の味や個性が出る。自己矛盾しているんですよね。それが面白いんです(笑) 」。

「猫は液体だから」―愛猫の不思議な寝姿が可愛くて、金継ぎで繕った箇所に絵を描いてみたことではじめた「猫継ぎ」

SNSでバズり48万いいね!がついた

コーヒーフィルターで作ったというオブジェ

理屈抜きに、ただただ面白い

 

金継ぎと漫画の“陰陽”な関係

堀さんは、金継ぎと漫画は共通点が多く、どちらも「継承」ではないか、と語る。
「クラシック音楽って、昔からある曲を、今の演奏家が継承するように演奏するじゃないですか。漆の技術もそれと似ている気がします」。
「漫画も漆のメソッドで描いています。僕には漆の知識しかないから、その知識の延長線上で、伝統工芸のつもりで、漫画を描いている感覚なんです」。
「金継ぎは直すから、人に喜んでもらえるから“陽”、漫画は“内面を晒すような作業だから陰”だから、自分の中ではバランスがとれています」。
堀さんにとって、金継ぎと漫画は表裏一体であり、根底では同じ価値観に基づいているのだ。

59点の人生を、弱火でコトコト
「100点を目指すより、59点くらいをずっとキープしていくのも難しいし、面白いんです」。

真剣だけど力まず、素敵よりも面白く。火加減を調節するように、日常を弱火で続けていく。

その姿勢が、堀さんの作品にも、教室の空気にも、しずかに滲んでいる。

このようなアプローチが、堀さんの作品における独特のユーモアや温かみを生み出す源となっているのだ。

堀さんの漫画は予測不能なストーリー展開と独特なタッチが特徴で、漫画表現の面白さを探求しているような作品ばかり

学生時代、購買部で出会った「月刊漫画ガロ」(青林堂)で輪島時代の23歳で漫画家デビューし、今は後継誌「アックス」(青林工藝舎)などで作品を発表している

漫画「金継ぎおじさん」の主人公は、割れた器を直す、真面目で不器用な中年男性。

金継ぎを通して、様々な人の人生のひび割れに静かに寄り添う眼差しが妙に沁みる内容だ。
「失敗しても、金継ぎみたいにまたやりなおせばいい」。

―堀さんはきっとこれからも、職人としてのまなざしと、あまのじゃくな感性で、誰かの心にそっと寄り添っていくのだろう。

【堀 道広(ほり・みちひろ)】
1975年、富山県生まれ。石川県立輪島漆芸技術研修所、高岡短期大学(現・富山大学芸術文化学部)漆工芸専攻卒業。
文化財修復会社を経て漆職人として働きながら、漫画の持ち込みを続け、1998年『月刊漫画ガロ』でデビュー。2003年『みんき』で第5回「アックスマンガ新人賞」佳作。
以降、独特の絵柄とユーモアで作品を発表しつつ、現在は東京都国立市で「金継ぎ部」を主宰。割れた器を漆で修復する金継ぎの教室を続けながら、漫画家・イラストレーターとしても活動中。
2025年5月には、NHK『おとな時間研究所』に出演し、“器と人生を繕う”金継ぎの魅力を紹介。

主な著書:
• 『金継ぎおじさん』(マガジンハウス)
• 『おうちでできる おおらか金継ぎ』(実業之日本社)
• 『青春うるはし!うるし部』『ふにゃふにゃ一揆』(青林工藝舎)
• 『パンの漫画』『パンの漫画2』(ガイドワークス)
• 『うるしと漫画とワタシ』(駒草出版)

関連リンク:
• 【HP】堀道広のホームページ
• 【Instagram】@ookinaosewa
• 【X(旧Twitter)】@ookinaosewa
• 【金継ぎ部】https://kintsugibu.com

(取材ライター:西野早苗)