TACHIKAWA
BILLBOAD

TACHIKAWA BILLBOAD東京・立川周辺のART&CULTURE情報

artists

井上 洋司:Inoue Youjiランドスケープアーキテクト/井上ぶどう園16代目当主

「立川市は他にはない場所。都市機能がぎゅっと集まり、周りには豊かな緑がある」。
立川市にある井上ぶどう園の井上洋司さんは語った。

井上さんは、長野オリンピックの選手村や代官山ヒルサイドテラスの環境管理監修を手がけるなど、景観や外部空間をデザイン・設計する「ランドスケープアーキテクト」として日本や海外で活躍する専門家であり、この地で300年続く農地の16代目でもある。

都市景観に携わってきた経験から都市農業が持つ多様な可能性を多くの人に知って欲しいとの思いで2007年、「ART in FARM」を初開催。

それから18年、仲間たちと作り上げてきたアートフェスが今年もブドウ畑で開かれる。

2025.09.30

「光と風と大地」都市農業の可能性をアートで伝えたい

「農地」が居心地のいい街をつくる

都市にある農地にどのようなイメージがあるだろうか。

住宅が建ち並ぶ一角に小さな自然があることで四季を感じたり心が癒やされたり、そんな気持ちになったことはないだろうか。

農作物の生産だけではない、多様な価値が都市農業にはある。

しかし、都市部で農地を維持することは容易ではない。

農家たちの工夫と努力によって、私たちの食と街の居心地が守られているのだ。

どうしたら「農地」の大切さが伝わるだろう

井上洋司さん/ポストカードは井上さんが手がけたランドスケープ(中国四川省のニュータウン)

井上さんはランドスケープアーキテクトとして、都市の外部空間の設計に長年携わってきた。

しかし、都市部の公共空間では、人手や資金の確保など維持管理のコスト面から植栽を取り入れることが難しい場面が多々あり、このままでは東京にまとまった緑がなくなるかもしれないと気がかりに思っていたという。

そんな折に、元りんご畑の敷地で長野オリンピック選手村のランドスケープ設計を行う。

そこでも植栽の維持管理が課題としてあがった。

その時、井上さんに一つのアイディアが浮かぶ。

農地を緑地としてとらえ、それを活かすことで、都市部の緑地と維持管理の問題が合理的に解決できるのではないかという考えだ。

一方で、井上さんは立川の地で天正時代から代々続く農地の16代目にあたり、立川市で民間では最古の果樹園を引き継いでいた。

「これからもこの畑を残していきたい」。

そのためには、地域の人たちに農地が持つ多様な価値を知ってもらいたいという思いがあった。

多様な価値の一つには、「農地を緑地として残す」というアイディアも含まれている。

どうしたら多くの人たちにそれらの価値を伝え、農地を残すことの意義を感じてもらえるか。

そこから、地域の人々に開かれたアートイベント「ART in FARM」が生まれたのだ。
 
人と人がつながり、ムーブメントが生まれた
第1回目は2007年に開催された。

きっかけは、井上さんの美術家の友人の「この畑でなにかやりませんか」のひと言だった。

そこで、現代美術家の三梨伸さん、宗政浩二さん、脇田真さんの光と風と大地を感じさせる作品を展示したところ、すぐに話題となり、NHKや新聞などでも報道され、1週間で延べ600人以上の来場者が来たという。

すると今度は、来場者の中から「自分たちも何かやってみたい」と言う人が現れ、次の回では夜のぶどう畑でシェイクスピアの朗読劇が開催された。

この時もNHKの取材が入ったが、その放送を観た歌手の森昌子さんが「自分もここで歌ってみたい」と発言したくらい素敵な舞台だったようだ。

風をテーマにした脇田真さんの作品(2007年/井上ぶどう園)

当初は気軽な気持ちで始めたART in FARMだったが、人々をつなげ、アーティストをはじめ武蔵野美術大学の学生や研究者、料理家らも参加し、ぶどう畑を飛び出して都内の別の畑で開催したり、近隣にある歴史民俗資料館や東京都農林総合研究センターとコラボレーションしたり、団地アートフェスでは外壁の色の投票企画を行ったこともあった。

またイベントばかりでなく、立川産トマトのパッケージデザインを請け負うなど、農作物のPR活動にも携わってきた。

「農家はPRが苦手な人も多い。それを手助けするのもART in FARMの役割のひとつだ」と井上さんは話す。

こうして畑が持つ力を18年かけて、井上さんらは一歩一歩広げていった。

水上貴英さんの作品「Through the paper」(2012年/世田谷区“木村農園”)

団地アートフェス(2017年/立川富士見町団地)

立川産トマトのパッケージ

実験の場でもあるぶどう畑
井上さんがぶどう畑を案内してくれた。

立川崖線を下った住宅地に井上ぶどう園はあった。

都市農業らしい光景だ。

隙間なく立ち並ぶ建物の中にポッと緑の空間が開ける様子は、気持ちのいい街の余白としてほっとした気持ちになる。

高台から崖線下に降りる小道

ぶどう棚に葉が茂り実はなり、木漏れ日が緑のじゅうたんに模様を作っていた。

この日もまだ残暑が厳しかったが、棚下に入ると少し暑さが和らいだ気がした。

この気温差については実際に計測しデータを集めている最中だという。

また、本業のランドスケープのために、日陰の多い都市とほぼ同条件の棚下で植栽を育てる実験も行われていた。

雨水を利用した小さな池には生き物たちが集まり、草刈ロボットがぶどうの樹の下を走り回っている。

ここは自然と人の知恵がバランスよく融合している場だと感じた。

木漏れ日が緑のじゅうたんに映る

17代目の井上さなさんも、この畑をどう活用していくか日々模索している。

自身のイタリア留学の経験を活かし、昨年からは同園のブドウで造る赤ワイン「宇右衛門」の販売を始めた。

ワインのエチケット(ラベル)のデザインを公募し、ART in FARMでは一般投票も行われた。

井上ぶどう園のブドウやワインは、「のーかるバザール」で販売されている。

低農薬で成長ホルモン剤を使わず育てられたぶどうは、種があるけれど、適度な甘みと酸味で自然な美味しさ

昨年のエチケットデザインコンペで優秀賞の図柄がついた“宇右衛門” 5500円 
写真提供:井上ぶどう園

井上ぶどう園は今の時代に必要な糸口の一つを提案してくれている。

「農業とアートは似ている」と井上さんは言った。

「どちらも地球のことを知らないといけない。

そして、どちらも私たちに喜びを与えてくれる」。

今年もこのぶどう畑でART in FARMが開催される。

テーマは、「ぶどう畑で音楽とワインを楽しむフェス」だ。

音楽ライブやワークショップ、地元飲食店による出店やぶどう狩りもできる(ぶどう狩りは要予約)。入場は無料。

寄付金1000円程度を支払ってくれた人には、『宇右衛門』が一杯提供される。

芸術の秋を楽しみに、井上ぶどう園に足を運んでみるのはどうだろうか。

2016年に開催されたART in FARMは夜に演奏会も行われていた 

 

■ART in FARM 2025(アートインファーム)
開催日|2025年10月4日(土)・5日(日)入場無料
開催時間|11時~日没
会場|井上ぶどう園 
所在地|立川市富士見町3-15-20
アクセス|【バスルート】JR立川駅よりバス10分+徒歩3分
/立川駅南口「福島街道」「立川操車場」行き約10分「団地西」下車 徒歩3分
【徒歩ルート】JR西立川駅より徒歩15分/歴史民俗資料館近く
※会場には駐車場はありません。
※詳しくはこちらをご覧ください。
ウェブサイト https://artinfarm.org/
インスタグラム https://www.instagram.com/artinfarm/

(取材ライター: 岡本ともこ)