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音を聴くワークショップ 〜ファーレ立川〜https://www.faretclub1997.net/

JR立川駅から徒歩約5分、「ファーレ立川」と呼ばれる街区には109点のアート作品が点在している。

この街区でアート見学のガイドをしているボランティア団体「ファーレ倶楽部」では年2回、一般公募による作品清掃「ぴかぴかアートプログラム」を実施している。

清掃終了後には、ファーレの作品を製作したアーティストを招いて行われるワークショップがあり、これを楽しみに毎回参加している人も少なくない。

2018/09/02 (日) 2018/09/02 (日)
2018.09.28

音の芸術家

9月2日のゲスト講師は、「音のアート」を造るアーティスト、藤本由紀夫さん。

この街には「耳の椅子」と名付けられた、座って街の音を聴く椅子の作品が設置されている。

 

 

—耳の椅子—

「耳の形が変わると、聞こえる音も変わる。例えばウサギの耳だったら、どんな音が聞こえるだろうか」。

 

こうした発想から、「耳の椅子」が生まれた。

左右に伸びているパイプは「耳」なのだ。

 

「街には、なんだか分からない音=街のノイズ、がある。人々の足音、建物のなかから聞こえてくる音などが混ざり合った音」なのだそうだ。

パイプを両耳にあててみると、なんだか分からない音が聞こえる。

「街のノイズ」が長い耳によって、普段とは違う音になって聞こえているのだ。

 

 

—録音のススメー

「旅行で訪れた場所で写真を撮る人はとても多いが、音を録音する人はどのくらいいるだろうか」という疑問を投げかけることから、レクチャーは始まった。

 

あとで写真を見たときの人の感じ方は「客観的」である。自分自身も含めた光景を、外側から見ているのだ。

 

逆に音を聴いたときは、録音した時の場所に自分自身が瞬間移動し、音に包まれて「主観的」に感じることができる。

 

 

—「目」と「耳」の違いー

「眼は自分で閉じることができるが、耳はそれができない」。

「視線を投げたり、輝いたり、目は『発する』ことができるが、耳や鼻はそれができない」。

賢人が残した言葉を引用しながら、読み解き、実例を挙げていく。

 

わかりやすく、的を得た藤本さんの説明に、参加者はうなずきながら聞き入っていた。

 

新たな映画の楽しみ方も教わった。

映画製作に使われている、巧みな「音」の効果も映像とともに紹介された。

ある種の「耳の錯覚」とも言える音の演出技法によって、観客の心理が誘導されているという。

 

これからは、画面を見ながら、ついつい音に聞き入ってしまうかもしれない。

 

 

—実験その1 立方体の正体—

聴覚についてのレクチャーが終わり、実験のワークショップが始まった。

藤本さんが会場にあるものを、1つずつ指差して質問する。

「この材質は何?」「じゃあ、これは?」。

「机の材質は木」「ホワイトボードのフレームはアルミ」「窓はガラス」。

会場の参加者は迷わず答える。

 

「どうして、見ただけで答えられるのだろうか?」と藤本さんは、疑問を投げかける。

 

それは、過去に経験して知っているから。

 

記憶から答えを引き出しているので、見たことのないものは、わからないのだそうだ。

 

次に藤本さんは、机の上に同じ大きさの立方体を並べた。

黒、銀色、黄褐色、無色透明など、8個。

参加者は、部屋の一番奥まで離れて、見るだけで考える。

口には出さないで考えるだけ。

 

少し近づいて見る。

分かるものもある。

 

もっと近づく。

それでも分からないものもある。

 

近くまで寄って見れば、色や表面の質感から、ある程度は答えられる。

これも過去の記憶から引き出された答えだ。

 

次は、同じものが一様に黒く塗られたものを並べてみる。

再び部屋の一番奥まで離れて、見るだけで考えるが、もうどれが何なのか全くわからない。

 

今度は、音を聴く。

机にコツンとあてた黒い立方体の音を、ひとつずつ聴いてみる。

硬い音、やわらかい音、乾いた音、鈍い音、など、一つ一つ違う音がする。

思い浮かんだら自由に口に出してみるように促され、半分くらい正解が出た。

聴覚を使うと、さっきの視覚よりも材質の推測がしやすい。

これも、過去に聞いたことのある音の記憶を引き出しているのだろうが、見た目よりは確実だ。

 

机に近づいて、今度は触ってみる。

表面の質感や重さが手で感じ取れると、さらにわかりやすくなる。

 

匂いで嗅ぎ分ける人もいる。なぜか女性に多いという。

子を産み、育てる役目を生まれながらに持つ女性は、生き抜くために五感が発達しているのかもしれない。

 

触覚や嗅覚が加わり、これらの記憶が引き出されたことで、さらに答えの精度が高まってきた。

このあたりで、参加者たちの顔に戸惑いの表情が浮かび始める。

「人間は五感のうち、視覚から得ている情報が最も多いと言うのが一般的な説だが、本当だろうか。

聴覚や触覚から得ている情報の方がはるかに多い」と藤本さんは言う。

 

「百聞は一見に如かず」

「見ると聞くとは大違い」

「目は口ほどにものを言う」

 

五感はそれぞれの力を持ち、互いに補い合いながら役目を果たしているのだーということは、この実験で改めて理解できた。

 

 

—実験その2 聞こえてくる音の正体—

スピーカーは元の音を三次元の「箱」で響かせて鳴らしている。

音を響かせることは、二次元の「平面」でも、一次元の「線」でもできるということを、実証していく。

 

① 一次元の共鳴

クリーニング屋から付いてくるワイヤーハンガーの二つの角に糸を結びつける。

 

それを頭からぶら下げて、指で両耳に糸を押し込む。

前屈みになって、ハンガーを何かにぶつけると、一様に、とても驚いた顔をする。

端から見ると、とても不思議な光景だ。

 

試してみると、耳のなかで、頭のなかで、「ご〜〜〜ん」という寺院の鐘のようなアジアの打楽器のような荘厳な音が、大きくうねりながら響いてくる。体験した人は一様に、驚いた顔になる。

 

これは、かつてニューヨークのマンハッタンで、子どもたちの間で流行っていた遊びだという。

「チャイニーズ・ゴング」とは中国の「銅鑼」を指すが、この遊びも同じ名前で呼ばれていたらしい。

確かに、そういう音にも聞こえる。

 

ハンガーで発生した音が細い糸を伝わり、内耳に直接響いて聞こえているのだ。

これは「糸電話」と同じ原理だが、糸の捻れや揺れによって音がうねる。

藤本さんが持ってきた糸電話でも、コップをつないでいる螺旋状のワイヤーが揺れると、声がうねりながら聞こえる。

 

 

② 二次元や三次元の共鳴

オルゴールは、それだけだと、とても小さい音でチリチリと鳴る。

それを机に置いてみると、大きな音量で響く。

机の天板に共鳴しているからだ。

 

ペットボトルにくっつけてみたり、シンクの中に置いてみたりして、音の違いを感じてみる。

 

最後に先生から「最もきれいな音を聴く方法」として紹介されたのが、オルゴールの端を上下の歯で軽く噛む方法。

すると、参加者たちから、驚きの顔、幸せそうな顔、たくさんの「いい顔」が現れた。

歯から頭蓋骨へ音が伝わり、自分だけの美しい音の世界に浸れる方法だ。

 

 

—脇道からの発想—

アートの役目は「価値を発見することだ」という藤本さんは、もともとは電子音楽を作る音楽家だった。

紆余曲折を経て、スピーカーを鳴らさなくても聞こえる「身の回りの音」に着目した。

 

身の回りの「そのものの音」を聞かせる作品を作るようになり、今度は周囲の環境によっても、聞こえる音が変わることに気付く。

さらには耳の形にも関連を見いだし、ファーレ作品「耳の椅子」の誕生につながった。

 

「本来の道をそれてしまったからこそ、脇道で見えてきたものの中に『価値のあるもの』が見つかることがある。常に好奇心を持ち続けることが大事なことだ」。

「これからは、ぜひ、音を聞いてみる習慣を持ってほしい」。

自身の経験が凝縮された2つのメッセージで、藤本さんはワークショップを締めくくった。