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国文学研究資料館「江戸・明治の書画と書簡―北野克コレクション」展https://www.nijl.ac.jp/event-info/kitanotayuru/

江戸から明治にかけて、文学や書画をたしなみ、作品や手紙を通して交流を深めた人々がいた。
いわゆる「文人」と呼ばれる人々である。

国文学研究資料館で10月1日から開催されている「江戸・明治の書画と書簡―北野克コレクション」展では、国文学者・北野克が収集した書画や書簡を通して、当時の人々が育んだ「知」の交流を紹介している。

2026/10/01 (木) ~2026/11/27 (金)
開催場所

国文学研究資料館

2026.11.05

「文人」と聞くと、漢詩や書画をたしなむ、どこか特別な人々を思い浮かべるかもしれない。

しかし、会場に並ぶ一枚の書、一通の手紙から見えてくるのは、作品を生み出すだけでなく、誰かと出会い、言葉を交わし、知識や思いを分かち合いながら生きた人々の姿だ。
政治家や実業家、学者、文学者から遊女まで、登場する人物は実に多彩。

異なる分野の人々が、書や手紙を通してどのようにつながっていたのか。

文字の形や筆遣いにも目を向けながら、一つひとつの作品をたどってみたい。

 

国文学者・北野克と多摩のつながり

展示は全四部で構成される。

第一部では、北野克(きたの・たゆる、1904ー1990)の生涯と業績、収集資料を紹介する。
国文学者であると同時に、江戸・明治期の漢詩や書画の収集・研究にも力を注いだ北野克。

神田に生まれ、両親も書家という環境で育った。

国立市の旧家・本田家との関係も深く、北野の父母の書道の師は、本田家十三代当主、本田定年(退庵)であった。

北野克の歩みと本田家に伝わる資料は、江戸と多摩を結ぶ文化のつながりを今に伝えている。

特設コーナー展「北野克の源流としての本田家」 本展と同期間、展示室内の特設コーナーでは、国立市教育委員会の協力により「北野克の源流としての本田家」展を開催

国立市所蔵の書画や書簡のほか、東京都指定有形文化財である本田家主屋の復原工事を紹介する映像も視聴できる


展示品の中には書家の市河米庵や漢詩人の菊池五山、大田南畝など、著名人との交流がわかる貴重な資料や文房具や鋳造印なども並ぶ

工事は来年完了予定。復原後の展示でも閲覧可能だそう。公開が待ち遠しい

北野克が収集した「北野克旧蔵書画」は、現在、国文学研究資料館に所蔵されている。

書簡や書画、掛軸、短冊、葉書など、多彩な資料を通して、江戸から明治を生きた人々の交流や文化の広がりに触れられるのだ。

 

読まれることを想定していなかった手紙だからこそ
10月2日に開催されたギャラリートークでは、展示資料をたどりながら、書簡に記された人々の交流や、作品が生まれた背景について解説が行われた。

手紙に記されているのは、贈り物への礼状や知人の紹介依頼、詩や書画をめぐる相談など、日常のやり取りだ。

文学や絵画を愛する人々が、互いの知識や人脈を生かしながら、創作や交流の輪を広げていたことがうかがえる。

「林鵞峰文稿」 林家二代目の林鵞峰が、亡き叔父・永喜の詩歌を集めたもの。

身近な人が残した詩歌をまとめた資料から、故人を偲び、その作品を後世に伝えようとした営みがうかがえる

そもそも手紙は、不特定多数の人に読まれることを前提に書かれたものではない。

書き手が届けたい相手に向けて綴った、個人的な言葉である。

だからこそ、公に発表された作品とは異なる感情や人間関係が映し出される。


「工藤壮平宛本庄繁書簡」軍人・本庄繁が、能筆家の工藤壮平に字の手本を求めた書簡。依頼の手紙そのものが、見事な筆跡で書かれているのも興味深い。現代ならメールで済むような依頼も、当時は手紙が大切な連絡手段だった。書簡からは、文字を通じて学び、知識を交換していた人々の姿が見えてくる

書簡は、文学のテキストとして価値があるだけではない。手紙が現在まで残されていること自体が、当時を知る貴重な手がかりになる。受け取った人が大切に保管し、後世へと伝えてきたからこそ、私たちもその言葉に触れることができるのだ。


「渋沢栄一宛副島種臣書簡幅」 政治家として活躍する一方、書家・漢詩人としても知られた副島種臣が、実業家の渋沢栄一に宛てた書簡

異なる分野で活躍した二人の交流を伝える資料

政治家や実業家、文人、さらには遊女など、さまざまな立場の人々の書が並ぶ。

社会的な立場や職業は違っても、一通の手紙、一枚の書には、誰かに伝えたい言葉や、その人が生きた時代の日常が刻まれている。

「七代目花扇扇面」 吉原の遊女、七代目花扇が書いた扇面。遊女もまた、書を通じて自らの教養や個性を表現した人々の一人である

当時の花魁には、書や和歌などを学び、大名をはじめとする客をもてなすための高い教養が求められた。吉原が身分差を超える文化交流の場であったのだろう

作品を鑑賞するときは、書かれた内容だけでなく、文字の形や筆の運びにも注目したい。

線の流れや文字のまとまりから、どのような印象を受けるだろうか。

文字そのものをじっくり眺めることで、書き手への関心も深まっていく。


「林梅洞・人見竹洞・鍋島直能等 詩文箋」 江戸初期、大名たちが漢詩を楽しむ宴の様子を記した巻子本

名門林家の後継と目され、まだ年若い林梅洞(数え年24歳で逝去)が、宴の趣旨を述べる文章を記している

参加者全員が花の図柄入りの詩箋を用いており、紙の意匠からも当時の風雅な文化がうかがえる

この色刷りの紙は中国から輸入されたもの。書かれた文字だけでなく、紙そのものにも注目したい

何百年も前の手紙を、すべて読み解くのは容易ではない。

それでも、文字の形や筆遣い、紙面の使い方に目を向ければ、書き手の個性や、当時の手紙のあり方が見えてくる。

本来は、書いた人と受け取った人の間で交わされた言葉。

それが時を越え、今、私たちの目の前にある。

そう考えると、なんとも不思議である。

文字の向こうにいる「人」を想像することも、この展示の大きな楽しみだ。

右:「柏木如亭・清水雪首賛 勾田台嶺画扇子」 左:「狩谷棭斎書幅」 

当時は、漢詩の絶句を引用し、自分の思いや心情を伝えることもあった。先人の言葉を借りることで、自らの思いを託したのだ

すでに優れた表現があるなら、一から言葉を紡ぐのではなく、その言葉に思いを重ねて伝える。漢詩を通じた、知的で風雅な交流の一端がうかがえる


書画といっても、その姿は実に多彩。書あり、絵あり、書と画が一体となったものもある

一幅ごとに異なる表現から、当時の人々の豊かな文化が見えてくる。絵の美しさはもちろん、そこに添えられた個性豊かな文字にも注目したい

 

一枚の書に宿る、人柄と思い
書簡だけでなく、展示されている書画にも、作者の個性や心情、当時の人々が大切にしていた価値観が表れている。

亡き人を偲ぶ和歌や、親孝行の情景を描いた作品からは、家族や大切な人を思う心が伝わってくる。

「細井平洲洗面」道端で酔って眠る父を見つけた子どもが、父に帳をかけて蚊を追い払い、そのまま朝を迎えた姿を描いたもの

父を思いやる孝行の姿を通して、儒教の教えを伝え、道徳を広める役割を担った作品

書を見るときは、何が書かれているかだけでなく、どのような文字で書かれているかにも注目したい。

文字の形、線の強弱、筆の運び、行の流れ。

そうした特徴が組み合わさって、一つの書風が生まれる。

「大谷句仏宛河東碧梧桐書簡幅」正岡子規門下の俳人・河東碧梧桐の書簡。角ばった文字と線の強弱が織りなす筆跡は、それ自体がアートのよう

書簡の内容だけでなく、書そのものの魅力にも惹かれた北野克の収集眼がうかがえる一通だ

当時の文人たちは、それぞれ独自の書風を確立しようとした。

書風は、単に文字を美しく見せるためのものではなく、書き手の個性や存在感を伝える手段でもあった。

江戸時代は写真などもなく、その文人についての情報を、誰もが簡単に入手できる時代ではない。

だからこそ、自らの書を磨き、人々にその存在を印象づけることも重要だったのだ。

右:「祇園南海詩幅」 左:「立原翠軒詩幅」 

当時、書の世界では、手本をなぞるだけでなく、自分らしい字のスタイルを築くことも大切な文化のひとつだった

「この文字が好きだな」「ずいぶん勢いのある字だな」。そんなふうに感じる作品を一つ見つけ、誰が書いたのか、どのような人物だったのか、説明文を読んでみる。

歴史に名を残す人物も、実際に書いた文字を前にすると、教科書の中の存在ではなく、個性を持った一人の人間として感じられてくる。


「大倉喜八郎扇子」 帝国ホテルや帝国劇場の創設に携わり、文化事業にも力を注いだ実業家・大倉喜八郎が、米寿を迎えた際に記した書

実業家としての顔だけでなく、書を残した一人の人物として作品に向き合うと、また違った一面が見えてくる

西洋文化が急速に流れ込み、活版印刷が普及した明治以降も、筆を執り、文字を書く文化は受け継がれた。

書は実用のためだけでなく、教養や美意識、個性を表すものとして、近代の人々の暮らしの中にも息づいていたのである。


第四部「書画文化の近代」詩や書画を贈り、作品を評価し合うなかで、文人たちの交流は広がっていった

女性たちによる慈善活動の記録も残されており、文化が人々の交流によって育まれていたことがうかがえる

「犬養毅書幅」能書家としても知られた、第29代内閣総理大臣・犬養毅による書

政治家としてだけでなく、書をたしなむ文化人としての一面を伝える一幅である

 

手紙の向こう側にいる人に思いを馳せる

「松自休宛石川丈山書簡幅」後世の文人たちから漢詩の先駆者として慕われた石川丈山の書簡

書くスペースが足りなくなると行間に文字を書き足すなど、限られた紙面を工夫して使っていたことがわかる。実物の手紙からは、当時の人々の書き方や、手紙のあり方も垣間見える

インターネットのない時代、研究に必要な情報を得るには、人に尋ねたり、資料を見せてもらったりする必要があった。

記録を見せてほしい、資料を引用してよいか、貸してほしい。

そうした依頼と返事の書簡からは、知識が人から人へと伝わり、共有されていく様子がうかがえる。

書簡は、個人と個人のやり取りであると同時に、知識を次の人へとつないでいく役割も担っていたのだ。


「土岐善麿宛新村出葉書」 葉書に記された内容だけでなく、消印からも、いつ頃、どこから送られたのかを知る手がかりが得られる

実際の展示で、資料に残された痕跡を確かめてみてほしい

何十年、何百年も前に、誰かが筆を執り、誰かに届けた一枚の手紙や書。

その人が生きた時間はとうに過ぎ去っている。

それでも、紙に残された文字は消えず、今ここで私たちの目に触れている。

受け取った人が大切に保管し、後世へと伝えてきたからこそ、私たちは当時の人々の交流や考えに触れることができる。

 

書くこと、残すこと、受け取ること
手紙や書簡に関心を寄せる人は少なくない。

誰かから届いた手紙を読み返したり、昔の葉書をしまっておいたりした経験は、きっと多くの人にあるだろう。

手紙は、いつの時代も私たちの暮らしに身近な存在だ。
だからこそ、何百年も前の書簡に心が引き寄せられるのかもしれない。

そこにあるのは、歴史上の人物が残した特別な記録であると同時に、誰かが誰かに向けて言葉を綴り、届けようとした痕跡でもある。
デジタルで手軽に言葉を交わせる今、紙に文字を書き、思いを残すことの意味をあらためて考えさせられる。

時を越えて伝わる一通の手紙。

その文字から、遠い時代を生きた人の声が聞こえてくるような瞬間がある。

「笹野堅宛 穎原退蔵書簡」 国文学者同士が情報を交換した書簡。郵便制度の整備により、消印から発送地や時刻を推測できるようになり、研究の手がかりも増えた

手紙の内容だけでなく、こうした細部からも当時の交流や時代背景が浮かび上がり、想像が広がる

その文字の向こうに、誰かがいた
本展の研究者代表を務める慶應義塾大学の合山林太郎教授は、まず教科書などで知っている人物を一人見つけ、その人の書を起点に展示を見ていくことを提案する。

気になる人物からでも、心惹かれる文字からでもいい。

文字の形、紙の質感、印章、消印。何気ない細部にも、人々の暮らしや交流、時代を越えて伝わるさまざまなドラマが潜んでいる。
手紙は、誰かが誰かに宛てて書いたもの。

そこには、伝えたい思いがあり、受け取る人がいた。

長い時を経て、その一通がいま私たちの目の前にある。

そう考えると、遠い時代の人々が、少し身近に感じられないだろうか。

私たちが今日綴る言葉も、いつか遠い未来の誰かに届くかもしれない。
知識がなくても、文字が読めなくても、その向こうにいる人を想像することはできる。

一枚の書、一通の手紙から、かつて生きた誰かと出会う。

そんな時を越えた小さなロマンを探しに、展示室を訪れてみてはいかがだろうか。

展示の冊子と翻字集の配布があるので展示品の内容をじっくり楽しむことができる。国書データベース からもコレクションを閲覧可能

■展示情報
「江戸・明治の書画と書簡―北野克コレクション―」
• 会期:2026年10月1日(木)~11月27日(金)
• 休館日:土曜・日曜・祝日・第4水曜日
• 利用時間:10時~16時30分
• 会場:国文学研究資料館 1階 展示室
• 主催:国文学研究資料館
• 共催:国立市教育委員会
• 後援:立川市、立川商工会議所、多摩信用金庫、立飛ホールディングス
• 入場無料
【ギャラリートーク】
開催日:10月2日(金)、10月30日(金)、11月6日(金)
時間:各日14時~14時45分
参加申込不要・当日参加可
【特設コーナー展「北野克の源流としての本田家」】
本展と同期間、展示室内の特設コーナーで、国立市教育委員会の協力により開催。

(取材ライター:西野早苗)

 

会場地図