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田中令:Rei Tanaka美術教育家/Art Education Research UMUM代表https://umum.art/

多摩地域を中心に、アートを通じて感性と表現する力を育む活動をしている、美術教育家/Art Education Research UMUM代表の田中令さん。

子どもたちが夢中になって自由な表現を楽しむ「UMUMこどもアトリエ」とはどんなワークショップなのか、令さんに話を聞きました。

2024.09.01

自由表現を通じて子どもたちの“健やかに生きる力”を育てる「UMUMこどもアトリエ」

UMUMは、創造することと、人と関わることを味わう場所。

-UMUM(ウムウム)って何ですか?

「UMUMは、自由に美術表現を楽しむことで、創造すること、人と関わることを味わう場づくりをしています。
UMUMは「ウムウム」と読みます。
名前の由来は、クリエイションの「生む」、新しい存在の「有無」、作品・アイディアの産みの苦しみの「産む」、考える時の「うーむ」、納得した時の「うむ!」など創作活動の要素が詰まっている言葉であること、そして文字が視覚的に一本の線につながる形が面白いことです。
UMUMを始めたきっかけは、日常の中にアートがある創造的な環境を作りたいと考えたこと。
以前からコネルテというアートユニットで、地域イベントなどでアートワークショップを行ってきましたが、非日常のイベントではなく、日常の中に自由表現の場を設けたいと考え、UMUMを立ち上げました。
「お膳立てしなくても人には作る力がある」と考えているので、UMUMの場では具体的なテーマの設定はしません。
テーマを決めないことで、色んな人の遊びやプロセスを許容することができて、面白い場が生まれるからです。
例えば、粘土を使って造形するもよし、感触あそびをするもよし、何をするかは参加者の自由です。
2018年6月に、大人向けの自由表現のアートワークショップとして立川で活動を始め、2018年末からは、立川市子ども未来センターでこども向けの「こどもアトリエ」も始めて、現在はこどもアトリエを中心に活動しています」。

撮影: kenji kagawa

こどもアトリエは「教えない」アートワークショップ。

-こどもアトリエとは?

「UMUMのこどもアトリエは、子どもたちに自由表現の面白さを伝え、感性と表現する力を育むアートワークショップです。
このワークショップでは、子どもたちが安心して自由に表現し、お互いに作用し合う場づくりを大切にしています。
だから、画材と環境だけを用意して、アトリエでどんな表現活動をするかは子ども一人一人に委ねて見守ります。
私は「先生」として教えることはしません。
常に意識しているのは、私自身が考える正解は一旦脇に置いておくこと、そして作品の完成度に捉われないこと。
例えば、『ケーキ』を創りたい子どもがいたら、私の思うケーキ像よりも、その子自身のケーキ像を尊重します。
作品を完成させることよりも、画材を使って色んな表現を試すことが楽しいのであれば、それを尊重します。
目の前の子がフォーカスしていることを肯定すると、その子らしい作品や制作プロセスが生まれます。
各回のワークショップは、子ども約10人に対して、私とサポート役のボランティアスタッフが数名ついて行います。
現在、こどもアトリエは、立川・日野・池袋・水道橋の各会場で月1回、日曜日に開催しており、主に幼児から小学生の子どもたちが参加しています」。

「アートは人の心を健やかにする」という信念がUMUMの原動力。

-令さんがUMUMを立ち上げた原点とは?

「私は両親ともに美大卒のアート一家に生まれました。
アーティストである母が自宅のリビングで作品をつくっていたので、作品の材料や作る人がそばにいるのが日常の風景でした。
また私自身、絵を描くことが好きだったので、美術の道に進みました。
美大では彫刻科で木彫を学びましたが、学生の頃から作品よりも創作する『人』に強い関心があり、ワークショップを設計して人と関わりながらモノを作ることが好きでした。
そんな背景から、『日常の中で人が自由に創作活動できる場づくり』を始めました。
私の育った環境がそうだったように、アートは非日常ではなく日常の暮らしの中にあるものだ、と伝えたいです。
また、私には生まれつきの下肢障害や幼少期のいじめ、思春期には家庭が大変な状況になった経験があります。
20代には身体的なハンディキャップにより障害者認定されるという出来事もありました。
人格形成期に心がグラグラと揺らぐ経験をする中で、いつも絵を描くことで自分を取り戻すことができました。
そんな原体験から、『アートは人の心を健やかにする』というのが私の信念になっています。
UMUMは、この信念が原動力になっています。
子どもたちが育っていく中で人とうまく関われない時にモヤモヤを外に出す選択肢を持ってほしい、『私にはアートがあるから大丈夫』と思ってほしいです。
そして私自身の体験から、社会生活のなかで障害の有無で区別される人にとってもUMUMは居心地の良い場でありたいです」。

自由表現の面白さは、多様性を受け入れる場が生まれること。

-自由表現の魅力を教えてください。

「自由表現の面白さは、普段の生活からは予想できないことが起こることです。
障害がある子もない子も一緒に場をつくることができるし、3歳と7歳の子が年齢を超えてお互いに刺激し合うことができます。
例えば、こどもアトリエでダウン症のお子さんが絵の具を使って全身で遊ぶのを見て、周りの子もやりたくなって全身で遊び始めたことがあります。
学校教育の中では制止されるような行動をする子どもが、自由表現の場ではリーダーになって周囲に刺激を与えるのです。
子どもたちが安心して、自由に表現し、作用し合える場を作ることで、どんな子どももその子らしくいられて、誰にも迷惑をかけない。
むしろ他の子どもたちから羨ましく思われることが起こるのが、自由表現の醍醐味です」。

こどもアトリエの教育的価値は次の3つ。

-こどもアトリエに通う子どもたちは、どんな価値を受け取っていますか?

①どんな子も一緒にいられる場である
「こどもアトリエは、障害の有無や年齢の違いに関わらず安心して刺激を与え合う場。子どもたちは多様性の面白さを肌で感じています」。

②自由に表現すると一人一人作るものが違い、違うからこそ面白い、と気づく
「学校教育では結果に優劣をつける場面が多いですが、美術に決められた正解はなく、何をもって正解とするかを自分で決める世界です。こどもアトリエは、子どもたちが自分で正解を決める力や他人の正解を受容する力を養っています」。

③普段、出会わない大人と出会う
「子どもが普段の生活で出会う人は、親、学校の先生、児童福祉スタッフなどに限られがちです。一方こどもアトリエでは、子どもたちが親でも先生でもない大人(ボランティアスタッフ)と出会います。職業、年齢、こどもとの関わり経験が異なる多様なスタッフと関わることで、自然に社会の多様性を感じることができます」。

「私の経験則ですが、子どもは3歳半くらいになると、画材を使って何かを作り始め、完成させるまで集中し、完成したモノを作品として認識し愛着を持ち始めます。さらに他人の作品にも興味を持つようになります。
目の前にあるものを五感で確かめながら「遊ぶ」ことから、「つくる」ことに発展する変化が3歳~3歳半で起こるので、この年頃から自由表現をすることは多面的な教育的価値があると確信しています」。

こどもアトリエに関わる大人も、子どもたちから気づきを得ている。

-こどもアトリエに関わる大人たちは、どんな価値を受け取っていますか?

「こどもアトリエには、子どもたちをサポートするボランティアスタッフとして大人も関わっています。
何も指示されなくても子どもたちが夢中になって何かを作る姿、初めて会う子ども同士が刺激を与え合いながら一緒に作品を作る姿を見て、大人もたくさんの気づきを得ていると思います。
自由な表現には、自分のいま好きなこと、いま表現したいこと、いま気になっていることが現れてきます。
子どもだけでなく大人にとっても、自由表現を通じて自分を俯瞰する時間を持つことは大切です。
こどもアトリエで、子どもたちが健やかに表現する姿を通して、大人にもアートの価値に気づいてもらいたいです」。

まずは、UMUMのサポーターを増やして、こどもアトリエの活動地域を広げたい。

-今後やりたいことは?

「UMUMこどもアトリエは、現在、立川・日野・池袋・水道橋で開催していますが、もっと活動地域を広げたいです。
そのために、UMUMのビジョンに共感し、活動の場を一緒に創ってくれる人・組織を募集しています。
寄付、場所の提供、ボランティアなどさまざまな形でUMUMに参画いただく『UMUMサポート制度』を2024年9月からスタートします。
例えば、オフィスの一室や美術館の教育普及スペースなど、週末に空いている場所をこどもアトリエの活動場所として提供いただけると、とてもありがたいです。
より多くの子どもたちがUMUMにアクセスできるようにするため、適切な費用で借りられる活動場所を増やすことが目下の課題です」。

「そして、将来的には、UMUMの活動を世界に広げていきたい」。

先日、UMUMメンバーでタイを訪問しました。現地の日本人幼稚園の子どもたち、スラム街で暮らす3~18歳の子どもたちとアート活動を行いました。
教育や文化の背景が異なり、言葉が通じなくても、子どもたちの表現を肯定し面白がって見守ることができ、子どもにとって自由で安心な場づくりができました。
今後は、こどもアトリエで育った日本の子どもたちを海外に連れて行きたいです。
自分が表現したいものを表現する素養を身につけ、他者と違いを超えて関わることができるようになった子どもたちの次の学習機会として、海外の子どもたちと『アート』という共通点で繋がって一緒に過ごせたら面白そう、と考えています」。

UMUMこどもアトリエを、多摩地域の文化教育として根付かせたい。

-最後に、立川や多摩地域へのメッセージをお願いします。

「多摩は中学生の時から関わりがあって好きな地域です。
豊かな自然があり、ほどよく田舎で都会へのアクセスも良い。
美大が多く立地していて文化教養の盛んな地域だと思います。
多摩の子どもたちはのびのびゆったりしていて自由表現と親和性が高いし、保護者もこどもアトリエの教育的価値への理解があります。
多摩にUMUMの活動を根付かせて、この地域の子どもたちの文化教育を盛り上げていきたいですね」。

◆UMUM
公式サイト:https://umum.art
facebook :https://www.facebook.com/umumart.tokyo
instagram:https://www.instagram.com/umum.art/

(取材ライター: 木原裕子)