
TACHIKAWA
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「ゲーム音楽との出会い」
「僕の音楽の始まりはギターだったんです。
きっかけは仲良くしていた友達が小学校の卒業式の謝恩会でいきなりギターを弾いたんです。
それがほんとうに衝撃的だった。
それに憧れてギターを始めました。音楽が好きで、学生の頃からバンドなど音楽活動をしていました。
就職の際、音楽関係の道に進みたかったのですが、プロでやっていくとなるとなかなか難しく。
そんな中、ゲームの音楽を作る仕事があるということを初めて知りました。
当時、僕が好きだった音楽はフュージョンというジャズとロックのミクスチャーのジャンルで歌がない演奏のみのもの。
ゲーム音楽は、まさにそういうジャンルのものでした。
とくに『SEGA』が作っていたゲームはフュージョン系の音楽が多く使われていて、アーケードゲームのシェアが強い会社だったのでゲームセンターなどで遊んでいる時に無意識に聴いていたんですよね。
それもあって、ゲーム会社の『SEGA』に入社しました」。
「ゼロからの始まり」
「当時のゲーム音楽は、現在みなさんが聴いているようなものではなく『ピコピコ』と鳴っているような音の世界だったんです。
そんな時代に『SEGA』は技術的にも進んでいて、実際の楽器の音を流すようなチップを開発していた。
もちろんそれにはプログラムが必要で、僕は商学部だったのでプログラミングは会社に入ってから勉強しました。
大変でしたね(笑)。
当時はゲーム機が8ビットとか16ビットとか言われていた時代で、アセンブラ言語という一番原始的なプログラム言語で音楽のプログラムも作るんです。
今のような高度な音を鳴らす仕組みがなかった時代でしたが、先輩方も多くいて、やりたいことも自由にやらせてもらえた。
音を作りだす環境にはとても恵まれていました。
特にバーチャファイター(Virtua Fighter)の製作に関われたことは大きな成長と財産になりました」。
スーパーファミコンやメガドライブが発売され始めた時代。
せめぎ合うゲーム業界の中でのゲーム音楽の歩みを教えてくれた。

「独立して27年」
「『セガ』には6年勤めました。
その後、友人の制作会社で働き99年に独立しました。
最初は自宅で仕事をしていたのですが、すぐに手狭になり最終的にはこの場所に事務所をかまえ20年位経ちます。
リモートになってしまったのですが、スタッフ2人と僕を入れて3人。
やっている仕事内容は『SEGA』に就職した時から何も変わっていません。
ゲームに関わる音楽制作、音を鳴らすためのプログラムも書いています。
あと効果音や声優さんの台詞やナレーションの録音など、音に関わる様々なことを作り続けています」。
今は、基礎的な知識があればプログラムが書けなくてもゲーム音楽を作ることができる。
誰でも作ることができる時代だからこそ「これからは『ゲームが音でどうやったら面白くなるかを考えられること』が大切で重要だと思う」と中村さんは話す。

「音を付けることで生まれてくる世界感」
「テレビゲームはテレビ画面の中だけのもの。
でも、音って外に出てきて空間を作り出していく。
実際に音が出ることで画面の中だけのゲームなのに、あたかも自分がゲームの中にいるような感覚になれる。
ゲームをするうえで音がないと質感や臨場感が感じづらいと思うんです。
例えば、重いのを持って下す、物を投げたり、歩く足音だったり動作に伴う音や生活の中にある音。
聞こうとしなければ聴こえない音を見つけだしゲームの中に取り込んでいく。
効果音も含め、音によって体験する人に没入感というかゲームの中にいるように思わせる演出は常に意識しています」。
驚くことに中村さんが「ゲーム音楽」というジャンルと向き合ったのは、ゲームを作る企画者、プログラマー、ディレクターなどのゲーム作り出すことに真剣に向き合う人たちと仕事を始めてから。
音楽や効果音がゲームに及ぼす影響の深さを感じたという。

沢山の鳴り物と録音スタジオ
「常に実験です」
「音を依頼される時、漫画の吹き出しをイメージしている人が多いんです。
例えば『ドカァーン』とか、爆発音ってそんな音ではないんですよ。
マンガの吹き出しってとても表現が上手ですよね。
言葉でのやり取りだから、カタカナでイメージを伝えてくださるんですが、イメージの違いが伝わりづらい。
だから、鳴らせるものだったら色々鳴らしてみるんです。
日用品や購入できるものだったら実物の音を撮って伝えるようにしている。
最近、難しいなと感じたのはパズルがはまる音。
イメージでは音が鳴るけれど実際は…。そんな音はしないですよね(笑)。
だからイメージの音を探し加工していく。
マリオとかのジャンプ音だって人が飛んでもあんな音しないですよね。
リアルだと鳴らない音だから付けなくてもいい音なんだけど、表現としてないと寂しい。
その音があるかないかで世界観やイメージが変わってくる。
画面を飛び出して一緒にジャンプしている気持ちを作り出す。
この仕事の面白いところですよね。
それと、日常生活でも音は常に意識しています。
雷とか良い距離のところで落ちてくれないかなぁーとか、貨物が連結する音とかね。
録音機をもって歩いてます」と使い慣れた機材を見せてくれた。

360度音が拾えるマイクとレコーダー
「テレビゲームは総合芸術という人もいる」
「『グランド・セフト・オート』(Grand Theft Auto)というゲームは、オープンワールドというゲームジャンルなんですけど。
ロサンゼルスの様な街をまるまる再現していて。
例えば車を走らせる時、カーラジオから流れてくる音楽は、ゲーム内でテーマにしている時代の音楽だったり、音に対して細かなところまでこだわっている。
内容は暴力的であれなのですが、演出も含めほんとうに素晴らしい。
僕自身は、ゲーム音楽をやっている以上はコンピューターと結びついたものの方が面白いと思っていて。
今、AIが進化してきているから映像を作るのも音を付けるのもAIでいいと思うし可能性を感じています。
AIにできるものだけに満足してはいけないけれど、人間が抗う必要はなくて、人間にしかできない発想に力を入れていった方が新しいものを作りだしていけると思っています」。

ストレス発散も音の鳴るシャンベ

事務所横にあるトライアングルギャラリー
ギャラーリーとしても貸しオフィスとしても使用できるようになっている
ゲーム音楽はもちろん、ゲームの製作からラジオ番組の配信、事務所横にあるトライアングルギャラリー運営など、今以上に「まだまだやりたいことが沢山ある」という。
これからの中村さんから、どんな「音」が生みだされていくのだろう。
■中村隆之 略歴
1990年:セガに入社、主にアーケードゲームのサウンドを担当。
「バーチャファイター」シリーズや「アウトランナーズ」等の多数のゲームのサウンド制作に携わる。
1996年:夏頃から、スクウェア系の制作会社に転職。
「トバル2」や「エアガイツ」と言った格闘ゲームのサウンドを担当。
1999年:独立。株式会社ブレインストームを創業。
独立後は、ビデオゲーム「シェンムーIII」「カスタムロボバトルレボリューション」等の音楽効果音制作や、音楽パズルゲーム「ルミネス」「メテオス」シリーズのサウンド等々、これまでに数多くのゲームサウンド制作。
また、ゲームサウンド以外に、日本科学未来館の常設展示、空間情報科学とゲーミフィケーションを融合した「アナグラのうた」(文化庁メディア芸術祭優秀賞受賞)
バックキャスティングという思考を学ぶ「未来逆算思考」(DSA日本空間デザイン賞入選)
Cycling`74のMaxを使ってプログラミングし、サウンドシステム全体を手掛ける。
■お問い合わせ
HP:会社概要 – 株式会社ブレインストーム – ゲームサウンド・音楽制作の専門会社
Gallery: トライアングルギャラリー – Triangle Gallery
YouTube:BRAINSTORM LABEL – YouTube
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(取材ライター: 高橋真理)