お二人は「東京西洋野菜研究会」として、立川の「GREEN SPRINGS」で「GREEN GROWN MARCHE!」を運営なさっていますが、本業は、「種苗店」なんですね。
(辰也さん)そうなんです。僕たちはあきる野市で「野村植産株式会社」という種苗店(写真左下)を営んでいます。ここは妻(幸子さん)の実家です。もともと、僕は武蔵野市生まれの川崎育ちで、大学生の時にバンド活動を始めて、卒業後は、音楽スタジオでアンプやミキサーのリペアの仕事をしていました。それがきっかけで、吉祥寺のハモニカ横丁(写真右下)の飲み仲間と一緒に、『弁天湯(現在閉鎖)』の定休日に音楽イベントを開催する「風呂ロック」というイベントに参加し始めました。2005年から2011年のことです。星野源さんや斉藤和義さん、UAさんも出演してくださったこともあります。妻とはこの弁天湯にあるカウンターバーで知り合いました。
(幸子さん)私は、秋川生まれで秋川育ち。美大に行きたくて立川の美術の予備校へ通い、武蔵野美術大学に入りました。卒業後は、富士フィルムの子会社の画像処理やデザインの新規事業に従事しました。その後、独立してフリーになってよく吉祥寺に飲みに行っていたんです(笑)。
(辰也さん)ちょうど妻の祖母が亡くなって、両親も慌ただしい頃でした。まだお付き合いをしていた時に、妻から『ねえ、種屋やらない?』と、電話がかかってきて。よく考えたらそうか、結婚して跡を継ぐということかと(笑)。元バンドマンのPA(音響)が「種屋さん」を始めるわけですから、最初は何もわからなくて(苦笑)、とにかく先代と一緒にお客様を回って自分の顔を覚えてもらうことから始めました。お客様がどんな種を求められているのか、例えば病気に強い種なのか、味がよいものなのかなど、やりとりの中で教わりながら覚えていきました。自分で野菜を作ってみないと種のことも野菜のこともよく分からないので、一反(1,000平方メートル)くらいの家庭菜園レベルの畑から、農作業を始めました。
「東京西洋野菜研究会」は、どんな理由から立ち上げたのですか?
(辰也さん)ある時、新規就農者さんから頼まれて西洋野菜「カーボロネロ」の苗を育てたんです。西洋野菜は、イタリア料理、フランス料理などの材料として使われる野菜ですが、個性的な色や形で一般的ではなく、まだ珍しい野菜だったので、消費者(お客様)が、調理の仕方や味がわからないせいか、農家さんが収穫して販売しても全く売れず困っていました。
そんな時、種苗メーカーのトキタ種苗さんが「さいたまヨーロッパ野菜研究会」を立ち上げて、農家さんやシェフたちと協力して西洋野菜の普及活動をされていることを知り、それなら東京で僕たちも!ということで始めたのが「東京西洋野菜研究会」です。2018年の立ち上げから6年、料理家やシェフにもご協力いただき、レシピもまとめた冊子を作って配布しています。
どういう経緯で立川のGREEN SPRINGS で「GREEN GROWN MARCHE!」を始めたのですか。
(辰也さん)2020年にGREEN SPRINGSで音楽イベントがあって、そのイベントに出店していた農家さんから誘われて、僕たちも出店者として何度か参加していたのがきっかけです。農家さん達は忙しくて出店を辞退していく中、僕たちは出店を続けていました。そして、ちょうどコロナ禍の2021年に仕切り直して、毎週1回の野菜マルシェと、年に2回の拡大版「収穫祭」イベントの運営を任せていただけるようになりました。
GREEN SPRINGSの場所の持つ空気やwell-beingというテーマに共感して、マルシェをスタートしたのですが、やってみてわかることがたくさんありました。専業農家ではない「種屋」だからこそできるイベントでもありましたが、マルシェに立つ喜びや楽しさが、「種屋」から一歩「外へ向かう」きっかけにもなりました。
そうそう、「収穫祭」でフリーライブ(写真左上)を行ってくださるミュージシャンへのオファーも、吉祥寺の「風呂ロック時代」があってこそできることで、昔僕がやっていたPAの経験も、このイベントではとても役に立っています(笑)。
(幸子さん)そういえいば私も、予備校時代のクリエイティブな友達(写真右上)のつながりや、独立後に手伝っていた広報や販売の仕事が、まさに今の「GREEN GROWN MARCHE!」の運営でとても役に立っていますね(笑)。
今回、ご紹介いただいた本について、教えてください
吉祥寺のハモニカ横丁で出会った人たちを見ていて、行政主体ではなく自分たちが手弁当でやっているからこそ、面白い街づくりができるというのを実感したんですよね。自分が飲みたい、食べたいお店を作る。面白いことをやりたい。それなら自分でやっていくしかない。面白い街にはそういう共通項があるように思います。 僕たちの場合はGREEN GROWN MARCHE!で、農家さんや西洋野菜、八百屋さんや飲食店との関わりから、次々信頼関係が広がっていき、「種屋」の枠を越えて、「文化的な」つながりができていきました。これは僕たちが「イベンター」ではなかったからこそ、できたことだと思っています。ちなみにこの本の中でGREEN SPRINGSのことも紹介されているのですが、僕の写真が掲載されていて、見つけた時は驚きました(笑)(辰也さん)
東京農村で行われている『みどり戦略 TOKYO農業サロン』でお会いしました。竹下さんは野菜や果物の品種改良のブリーダー。竹下さんに、農家さんから猛暑に強い品種がないかと聞かれたことをお話ししたら、「自分が欲しい品種は種を選抜して、施設や条件が合えば、自分でも簡単にできるよ」と教えてくださいました。もともと、ものづくりが好きな私たちなので、竹下さんとの出会いは、「できないと決めつけずやってみる」「新しいことに挑戦してもいいんだ」ということに気がつくきっかけとなりました。この本には、新旧さまざまな野菜や果物の品種の特徴や食べ方に至るまで、ていねいに図解されていて見ているだけで楽しい1冊なのでおすすめです。(辰也さん)
風呂ロック時代の弁天湯のお孫さんが恵比寿の老舗イタリアン・レストラン「イル・ボッカローネ」のオーナーなのですが、久しぶりに再会した時に「西洋野菜をやっているなら、絶対に知っておいた方がいいシェフ」として教えてもらったのが、このお店で修行していた著者の米澤文雄シェフ(写真右下)です。イタリア野菜は苦味とクセがあるものが多く、なかなか日本人には使いづらいなと思っていたのですが、米澤シェフの本を読んで、「野菜の味はクセがないから美味しいのではなくて、そのクセこそが面白い」のだということを知りました。 実はある時、私がこの本に出ていたレシピを試しに作って、お料理の写真をインスタグラムにアップしたら、なんと、米澤さんご本人からコメントをいただいたんです。米澤シェフをはじめ一流の方とのやりとりは、人との接し方や働き方を含めて感動することや学ぶことが多いんです。私もこの時から気持ちが切り替わりました。(幸子さん)
最後に、これからの目標ややりたいことはなんですか?
(辰也さん)「古いものを活用すること」に関わっていきたいんですよね。なので、1つは、先代からのお客様から借り受けた古いガラス温室を活用して、完全密閉で虫がつかない育苗施設をつくることです。これにより、今までのように片手間でやるのではなくて、西洋野菜の収穫量を増やすことができ、大口の取引も可能になります。そのために近隣の農家さんから7反(7,000㎡)の畑を借りて、2021年に農業生産法人を設立しました。
もう1つは、実は初めて言うのですが(笑)、川沿いにある小屋をリノベーションして、気軽に泊まれるようなドミトリーにして、宿泊業をやってみたいですね。あとは、今、会社のスタッフが自分と妻を入れて三人なので、もう少し人を雇いたいかな。
いずれにしても、コンテンツが大事だということは、マルシェなどの経験から身を持って感じているので、これからも人とのつながりを大切にしながら、進めていきたいと思っています。
●東京西洋野菜研究会 https://tokyovege.mystrikingly.com/
(取材ライター:小林未央)